事故物件 伍

 白根達也はあれから佐野幹博に連絡しても無視されていた。


 白根は共通の友人の出雲崎莉奈を連れて、幹博のアパートへ行ったのだが居留守をされてしまった。


「どうする? このままじゃ大変なことになるんじゃないの?」

 出雲崎莉奈は狼狽した表情をしていた。


「管理会社へ電話かけて来てもらうしかない」

 白根達也はアパートの壁に付いている管理会社の連絡先が記載されているプレートを見ながら言った。


 それから一時間後ほど経過してから管理会社の担当者がやって来た。


 陽が傾き、夕方から夜へと移り変わる時刻となっていた。


 孤独死や自殺の可能性を聞かれたが、部屋の様子も分からないし、連絡がつかないとしか説明できなかった。


 管理会社の担当者は幹博の母親へ連絡を取り、室内へ入る許可を取った。


 鍵を開けて室内に入ると、エアコンの冷房が入っているように部屋の中は冷えきっていた。


 夏季だというのに、室内全体にまるで冬季のような冷気が満たされているのだ。


 白根は室内エアコン機器を探したが何処にもなかった。


「何しに来た?」

 突然、カーテンを閉めきった薄暗い部屋の片隅から幹博の声が聞こえた。


「キャーッ」

 出雲崎は突然の呼びかけに堪らず悲鳴をあげた。


「幹博どうしたんだよ? 何があったんだ?」

 白根は幹博の傍へと近づいた。


「何しに来た? 出て行けよ! ここは俺の家なんだぞ!」

 幹博はいままで見せたことのない鋭い眼光で威圧的に言った。


「管理会社の担当者が玄関の所で待っているから、とりあえず上がってもらおうよ」

 莉奈は部屋の照明の電源を見つけると、スイッチを入れてた。


 室内は明かりが燈されたことによって、その異様さをまざまざと見せ付けた。


 壁の黒い染みは誰が見ても人間の形にしか見えなかった。


 床のフローリングにも人間の形をした、黒い染みが浮き上がっていた。


 先程まで気にしていなかったが、異臭がする。


「何だ⁉ この臭い⁉ 何かの脂が燃えたような……」

「私、もう我慢できない! 窓開けるね」

 莉奈はえづきながら窓を全開にした。


 そして莉奈は入室を嫌がる管理会社の担当者を部屋に招きいれた。


「ここって、幽霊とか出るんですか?」

 白根は失礼がないように、担当者へ冗談っぽく訊ねてみた。


 管理会社の担当者は動揺したような表情を一瞬見せた。


「どうなんですか?」

 担当者の動揺を見逃さなかった莉奈は、強めに訊ねた。


 白根は携帯電話のカメラ機能を起動させた。


 そして、スマートフォンで部屋の中を液晶画面に映し出した。


 そして、壁の黒い染みを映すと携帯電話に不具合が起こり、カメラ機能が停止したり電源が落ちたりした。


 白根はそれでも何度も壁の黒い染みを液晶画面に映し出そうとしたが、何か見えない存在の邪魔が入り拒まれる結果となった。


 白根は再度携帯電話のカメラ機能を起動させて、部屋の中を撮影した。


 スマートフォンが不具合で動かなくなる前に、カメラで撮影し続けた。


 写真の画像を確認すると、壁の黒い染みの写真には真っ赤な光が写り込んでいたり、壁の黒い染みの他に黒い人影も写り込んでいた。


 白根と莉奈はこの部屋に霊的な何かが居ることを確信した。


 その携帯電話の画像フォルダーに保存したその写真を、管理会社の担当者へ見せた。


「この部屋は出るんですよね?」

 再び莉奈は強い口調で言った。


 管理会社の担当者は困惑したまま、持っていたファイルを捲りながら、その書類を見入っていた。


「備考欄に”心理的瑕疵あり”となっています」

 担当者は聞き取れないような声でそう言った。


「心理的瑕疵ありって何なんですか?」

 白根は解るように説明して欲しいと言った。


 心理的瑕疵ありとは、いわゆる事故物件にあたるものであり、自殺、他殺、孤独死など、物件そのものの欠陥ではないものの、賃貸契約するを決めるにあたり、借主となる契約者の気持ちの問題で、賃貸契約の判断を躊躇するようなものだと説明してくれた。


 白根は管理会社の担当者に、この部屋で起こったことを説明してくれるように頼んだ。


 担当者の話によると、以前この部屋で焼身自殺があったのだという。


 二十歳の男性はこの部屋で、自身の体に灯油をかけたあと、自ら火をつけて自殺したのだという。


 自分の身体を自分で焼いて自分自身を燃焼させ、自殺する時のあまりの苦しさに、部屋中をのた打ち回ったのだということであった。


 この部屋の壁の黒い染みの部分で張り付いたように息絶えていたのを発見されたそうなのだ。


 それからというもの、このアパートの壁紙を何度も取り換えてもこの黒い染みは生き物のように浮き出てくるのだった。


 フローリングの床材を交換しても、やはり黒い染みが浮き出てくるそうなのだ。


 修繕後にこの部屋を借りた人たちは、相次いで部屋を直ぐに出て行っていた。


 幹博が悩まされていたように騒音問題でこの部屋を借りた人たちは管理会社へ苦情の電話をいれていたそうなのだ。


 それに、焼身自殺があった後にこの部屋の隣の部屋や上の部屋の入居者も相次いで出て行った。


 上階の部屋や隣の部屋にも異臭や騒音は感じられることで、なかなか借り手が定着しないのであった。


 しまいには悪い噂も流れ、なかなか借り手が決まらない物件となっていたので、家賃を大幅に下げたところに幹博が賃貸契約することとなったのだった。


「そしたら、幹博はこの部屋で焼身自殺をした二十歳の男性の霊に取り憑かれるってこと?」

 莉奈の言葉に、この場に居る者たちに悪寒が走った。


 先程、担当者が入室の許可のために連絡をしたため、幹博の母親がアパートへ駆けつけてきた。


「何しに来た? ここは俺の家だぞ! 早く出ていけ!」

「ごめんなさい。ごめんなさい。母さんが悪かったわ。幹博を独りにするんじゃ無かった……」

「何しに来た? ここは俺の家だぞ! 早く出ていけ!」


 管理会社の担当者に事情を説明して、暴れる幹博をこのアパートから出した。


 そして、幹博の伯母のアパートへ連れて行くことにした。


 管理会社の担当者には、このアパートは退去の手続きをすることを伝えて、荷物は後日取りに来たり業者に処分させることを決めた。


 幹博の母親は、お払いにも行くことを莉奈に勧められていた。


「ごめんなさいね。あなた達も巻き込んでしまって」

「いいえ、佐野くんが霊に取り憑かれて命を奪われなかったので良かったですよ」

「本当にありがとう。あと数日遅かったらあの子は命が無かったかも知れないわ……」

 幹博の母親は、顔色が悪く痩せてやつれきった幹博を見詰めながらそう言った。


「もう、ここには居られない!」


 以前、母親がこの部屋で言った言葉の意味をやっと幹博は理解したのだった。



#ホラー小説

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事故物件 江渡由太郎 @hiroy

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