第26話 転生者の告白

 その日の朝も、サンドラは学園の裏庭でパンを手のひらに載せて立っていた。

 小鳥は手のひらだけでなく、頭や肩の上に止まるまでになっている。

「おいおい、頼むからそこでフンはしないでくれよ」

 一人の時は男言葉に戻るサンドラだった。

 いつものようにシルビアがやって来る。

「おはようございます、サンドラ様」

「おはよう、シルビアさん」

 いつものように挨拶を交わす。

 小鳥達は、シルビアを見ても逃げなくなっていた。

「昨日は石橋の所で暴れ牛に出くわして、とっても怖かったんですよ」

「まあ、それは大変。皆さん、おケガはなかった?」

「はい、お陰様で。ケイン様も、ブレード様も、御者のアダムさんも無事でした。もちろん、馬と馬車もです」

「良かったわ。皆さんがお元気で何より」

「それで、ケイン様がおっしゃいました。自分達はサンドラ様に救われた、と」

 サンドラは身体を動かさないよう、視線だけをシルビアに向ける。

「私が救った? 何の事かしら?」

 シルビアはサンドラに向けて両手を合わせる。何かに感謝する時のサンドラのまねであった。

「サンドラ様は、未来をお見通しなのですね。改めてお礼申し上げます。それは予言なのですか? それとも神のお告げ?

 サンドラは観念した。

 シルビアは、頭が良ければ感も鋭い。いつまでもシラは切り通せないだろう。

「シルビアさん、『輪廻』という言葉をご存じ?」

「りんね? いいえ」

「肉体が滅んでも魂は存在を続け、また次の肉体に転生するという、東洋における死生観のことよ。世界の終わりに全ての死者が蘇り、最後の審判が行われて神に認められた者のみが永遠の生命を得るという、西洋の思想とは相容れない考え方ね」

「つまり、サンドラ様は東洋のお方の生まれ変わりと……」

 サンドラの眉がピクッと上がった。

「そこまで察っするか。私とて、我が身に起きたことでなければ、とても信じられないというのに」

「信じます。そうであれば、サンドラ様の落馬事故以降のことが、全て説明つきますから。前世のサンドラ様は、心優しき剣の達人だったのですね」

「まあ……優しかったかどうかは別として……」

「ですが、転生されたサンドラ様が、なぜ今の未来をご存じなのですか?」

 手のひらの上にあったパンが無くなり、サンドラはパンパンと手をはたいた。それを合図に、小鳥達は飛び去って行く。

「前世で私は、友に勧められて一冊の本を読んだ。祖国は鎖国しており、外国から持ち込まれて翻訳された数少ない本の一つがそれだった。西洋における貴族の学園生活を描いたもので、題を『公女シルビア』という」

「シルビアって……もしかして、私が主人公の物語ですか?」

「おそらく」

「だから、リンドウの事も暴れ牛の事も、その本にあったので知っていた……」

 サンドラは頷く。

「なぜこの世界に転生したのかは分からない。前世で私は、国を二分する戦争で命を落とした。死ぬ瞬間、『公女シルビア』の事を考えた。次の人生こそ、物語のように幸せな結末を迎えたいと。その思いが導いてくれたのかもしれない……」

 そして、サンドラは苦笑いをした。

「……実際に転生した先は、監獄送りになる悪役令嬢の方だったが」

 突っ込み所が多過ぎて、シルビアはどこから突っ込めば良いのか分からない。それでも、この話は真実なのだろうと、直感で思った。

「全てを打ち明けるなら、私には今、心配な事がある。私の人格が覚醒してから、現実と『公女サンドラ』との間にズレが生じているのだ」

「ズレ?」

「そう。リンドウを見て、君たち二人に愛が芽生える所までは何とか辻褄を合わせることができた。しかし、暴れ牛に関しては、ケイン王子は大ケガをするはずだったのだ。物語では、これを切っ掛けに、サンドラの君に対するイジメが激しくなるのだが、現実はこの通りだ」

「でも、現実が物語通りに行かなくても、みんな幸せな方へ向かっています。それでも問題があるのですか?」

「東洋には陰陽という考え方がある。良い事も悪い事も、全てバランスを保って存在しているという思想だ。例えば、家畜を襲うからといってオオカミを根絶やしにすると、ウサギや野ネズミが増えて農作物が荒らされてしまう」

「ああ、良くわかります」

「同様に、人間の浅はかな考えで物事の均衡を崩すと、どこかに必ず歪みが生じるものなのだ」

「サンドラ様は、それが心配なのですね」

「うむ。私は、本来誰も知らない筈の未来を知っている。そして、ケイン王子に訪れるはずの不幸を書き換えてしまった。それに……」

「……それに?」

「私も前世で経験があるが、恋は障害があるから燃え上がるのだ。あの小説を読む限り、その障害とはサンドラのことで間違いない。つまり、私が障害にならなければ、ケイン王子と君の恋もこれ以上発展しないかもしれないし、卒業パーティーでの婚約発表もないかもしれないのだよ」

 シルビアの口が、驚きで丸く開いた。

「私がケイン様と婚約?」

「それが物語の結末だ。そして私は、君への殺人未遂で監獄へ送られることになる」

「殺人未遂なんて……いくらなんでも、そんな」

「私が覚醒する前のサンドラだったらどう思うかね?」

「もちろん……いえ、まあ、確かに」

「理解してくれて感謝する」

「サンドラ様のお悩みは良くわかりました。でしたら、今から形だけでも私をイジメるというのはいかがですか?」

「実は私の精神は、三十路を過ぎた武士なのだよ。女、子供をイジメるなど、振りであってもできぬ」

「武士?」

「侍とも言う。この世では、騎士に近いか。武士道とは、主君の為に死ぬ事なのだ」

「ステキ。セイラ様のためなら、命も投げ出すのですね」

「まあ……間違ってはいないが、覚悟についての教えだから。ちなみに『公女シルビア』にセイラ王子は出てこない。あくまで公女シルビアとケイン王子の恋物語なのだ」

「サンドラ様はセイラ様とご婚約なさるので、私をイジメる理由そのものが無くなります」

「そこが頭の痛いところなのだ。しかし、幾つかの分岐点は存在すると思っている。宮殿に咲いていたリンドウのように……」

 ベルが鳴り響いた。

「サンドラ様、教室へ戻りましょう。間もなく授業が始まります」

「そうだな……」

「大丈夫ですよ、サンドラ様。『公女シルビア』にどう書いてあったとしても、現実に生きているのは私たちなのですから。そんな運命、吹っ飛ばしてやりましょう」

 武士は常に最悪を受け入れる覚悟で生きよと教えられ、それを実践してきた。

――今世では、自分と愛する人々のために、最後まで運命に抗ってみるか。

 シルビアの笑顔を見て、サンドラは思った。

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