第24話 王室からの手紙

 王室からエメラーダ公爵のもとへ親書が届いたのは、サンドラが五対一の闘いを繰り広げてから三日後の事だった。

 公爵はその手紙を、夕食前に妻と娘の前で開封した。


 サンドラはこの三日間、思い悩む日が続いている。

 セイラ王子に恋してしまった自分を、認めざるを得なかった。

 そして、恋の悩みとは年齢がいくつであっても、例え前世が武士であろうと、等しくつらいものらしい。

 セイラ王子を傷つけたかもしれない。嫌われたかもしれない。

 いや、自分からキスなどして、身持ちの悪い女だと思われていたらどうしよう。中身はオヤジでも、今世は一応公爵令嬢なのに……

 そんな思いが堂々巡りしていた。

 

 内容は、第一王子の警護の件だろうと察してはいたが、公爵はもったいぶって手紙を開く。内容がどうあれ、国王直々手紙が来るのは名誉なことだ

「コホン。どれどれ……えっと、サンドラ。おまえにセイラ王子の護衛を任せたいそうだ」

 サンドラは少しホッとする。王子の近くにいれば、やらかしを挽回することも可能だろう。

 マリー夫人は、無表情でそれを聞いていたが、失望感は大きかった。

 第一王子の警護筆頭である。この国最強だと認定されたようなものだ。男なら名誉なことだろうが、貴族の令嬢がそんなものに認定されてどうする?

 自分より強い女性を好む殿方がどこにいるだろうか。最も強い近衛兵を五人まとめて倒した話を、今や貴族で知らぬ者はいない。つまり、夫婦喧嘩にでもなれば、瞬殺されかねないのだ。

 一体なぜこんな事になったのか。ほんの少し前までは、ちょっと我がままで、ちょっと強欲な普通の娘だったのに……

 もはや、上級貴族との婚約は無理だろう。せめて、軍の幹部クラスに変わった性癖の人物がいてくれたら……

 そんなことを考えていると、手紙を読み進める夫の顔色がみるみると変わった。

「そんな……馬鹿な。それでな、第一王子がサンドラを婚約者に迎えたい、と……」

 無表情だった夫人の眼が大きく見開かれた。

「あなた! ちょっと、それを!」

 公爵の手から手紙を奪い取る。タチの悪い冗談でも言っているのかと思った。

 しかし、確かにサンドラをセイラ王子の婚約者にと書かれている。署名も王の直筆に間違いない。

 公爵と夫人は同時にサンドラを見た。夫人が悲鳴に近い声をあげる。

「サンドラ! もちろんお受けするわよね!」

 サンドラは涙を流していた。流しながら、女の涙腺は男のより、こうも緩いのかと思った。

 確かに嬉しかったし、安堵もしたが、泣くほどのことでもない。自分ではそう思っているのだが、自然と涙がこぼれた。

 両親はもちろん、感激の涙だと解釈する。

 そして最近の行動も、全ては第一王子との婚約のために、第二王子のクラスメイトという人脈を最大限に活かして周到に仕組んだ伏線だったのだと思った。

 見当外れだが、転生の事など知らない公爵と夫人は、そう考えると辻褄が合う。

「はい……お受けいたします」

 サンドラが答えると、婦人は声を上げて泣き始めた。

「おお……ごめんなさい、サンドラ。私、あなたの考えなど知りもしないで、冷たく当たってしまった……私ったら、あなたが狂ってしまったのかと思ったのよ」

 公爵は、再度手紙を読み直す。

「まいったな。妙に世情に明るくなったと思ったら、こんな計画を立てておったのか……とっくに調査済みだろうが、セイラ王子はちょっと変わった趣味をお持ちでな。女装が好きで、とにかく強い剣士が好きなのだ……」

 サンドラは黙って頷いた。

「……ワシらはそれをひた隠しにしてきたが、まさかこんな解決策があったとは。正直、王子は男しか好きになれないと決め付けておったが、違ったのだな。おまえは剣の腕を磨き、次期王妃の座を射止めた。後継者問題も決着し、この国の安泰も約束されたという訳だ」

 夕食の準備をしていたメイド達も手を止め、涙を拭いていた。メイドリーダーのフランなど、号泣に近い状況だった。

 鉄造の人格が目覚めてからというもの、その人当たりの良さと気さくさで、メイド達は皆、サンドラのファンになっていたのだ。

 公爵は立ち上がった。

「屋敷の者達に伝える! セイラ王子と我が娘サンドラとの婚約の儀には、全員に特別手当を与える。そして、宮殿での婚約パーティーの後には、当家でもパーティーを行い、その時はお前たち全員を客人として迎えよう!」

 拍手が起こり、それはしばらくやむ事がなかった。



 夕食後、ほろ酔い気分の公爵は、上機嫌の夫人に話しかけた。

「ところで、おまえの家系に、武芸の達人などいたかな?」

「いる訳ないじゃないですか。うちの家系は、あなたの家系より、よっぽど運動音痴ですよ」

「そうか。ということは、サンドラの才能は、やはりわしの血筋ということになるな。わしも、もっと熱心に稽古しておれば、それなりの剣士になれたのかもしれん」

「今からでも、おやりになれば? サンドラなんて、剣の練習を始めて、一週間でブレードさんに勝ちましたよ」

「そうなのか? 昔から、こっそり練習していたのかと思った」

「あの子が、人知れずに努力するなどあり得ません。大げさに自慢しますよ。乗馬もダンスも得意ですし、剣術も上達が早かったのでしょう」

「なるほど、それもそうだな」

「それにしても、剣術も大したことありませんのね。近衛兵をまとめて倒したのは、火掻き棒を振り回し始めて二週間くらいですよ。しかも我流です。あなたも少し練習すれば、すぐに強くなれますよ」

「そうだな、何といってもサンドラの父親だからな。ちょっとばかり練習して、宮殿の奴らを驚かせてやるか。アハハハ」

「オホホホ」

 どこまでもお気楽なサンドラの両親であった。

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