第23話 初めての口づけ

「あら。もしかして、本当に私を押し倒そうと思っていらしたのかしら?」

「いえ……決して、その……頬にキスくらいならと……」

 サンドラは、本当におかしくなって笑った。

「ハハハ、本当に姫ときたら」

 姫と呼ばれ、セイラ王子は照れ臭そうにほほ笑む。

 その美しさに、サンドラは目が眩みそうになる。

 好意を真正面からぶつけてくるセイラ王子に、過去の警護の者は困惑しただろう。宗教的な抑制だけでは、この性別を越えた魅力に打ち勝つことは到底できまい。

 軍隊へ逃げたエッジの気持ちを、サンドラは理解できた。

 しかし、転生者であるサンドラにとって同性愛は禁忌ではない。というか、二人は肉体的には異性である。

「いいですよ、姫。私の初めてのキスをあなたに捧げます」

 転生後、という意味では初めてである。嘘ではない。

 一国の王子に失礼とも思ったが、中身はオヤジでも外見は十七歳の乙女、これくらいは許されるだろうと自分に言い訳する。

 サンドラは椅子の上に膝で立つと、セイラ王子の瞳を上からのぞき込んだ。

 王子の少し不安そうな上目遣いに萌えるサンドラ。ギリギリの所で理性を保つ。

「はい……ボクの初めてのキスも、サンドラ様に……」

 サンドラの右手の指がセイラ王子の顎にかかり、少しだけクイッと持ち上げる。そして、ゆっくりと唇を近付けた。

 風が吹いたかと思う程かすかな感触を唇に感じ、サンドラは唇を離す。

 それだけでセイラ王子の瞳は潤み、切なげに溜め息をついた。

「はぁっ……サンドラ様、ボク……」

 サンドラは堪らなくなり、もう一度、だが今度はしっかりと唇を合わせる。

 王子を驚かせないように、ゆっくりと舌を口の中へ入れた。セイラ王子もそれを受け入れ、二人はためらいがちに舌先を絡める。

 その時だ。何か硬いものがサンドラの右肘に触れた。

 唇が離れ、右肘の辺りを見てみると、セイラ王子のドレスが腰の前だけ異様に盛り上がり、見事なテントを張っていた。

 セイラ王子が悲鳴を上げた。

「あっ、いや! 見ないで!」

 男の生理現象だった。元気の証である。

 サンドラも前世では毎朝経験していたので珍しくはなかったのだが、それが妖精の様に愛らしいセイラ王子に起きているとなると話は別である。

 その雄々しく天を突き上げるものから視線を逸らせずに、凝視してしまった。

「サンドラ様! お願いです、見ないでぇ!」

 セイラ王子は慌てて立ち上がるが、そうすることで股間の膨らみは一層目立った。

「セイラ様、どうか落ち着いて。とても猛々しくて立派であられますよ」

 何とか落ち着かせようと必死なサンドラだが、墓穴を掘っているようにしか思えない。

「ごめんなさい! ごめんなさい!」

 セイラ王子は少しでも勃起が目立たぬようにとドレスの前をつまみ上げると、部屋を飛び出して行った。

「姫! セイラ様!」

 サンドラも立ち上がり、後を追おうとしたが、思い直して立ち止まる。

 宮殿内の人々に力を示したばかりだ。この状況では、サンドラがセイラ王子を襲っていると思われかねない。

 ペタペタと足音が遠ざかって行く。

――やってしまった。調子に乗り過ぎた。

 サンドラは椅子に崩れ落ちる。反省することしきりだ。

 セイラ王子は、初めてのキスだと言っていた。前世で、それなりに遊郭遊びを経験したサンドラとは訳が違うのだ。

 サンドラに鉄造の心が宿っているように、セイラ王子には乙女の心が宿っているのだろう。それが、サンドラとのキスで身体が男の反応をしてしまった。

 ショックだったに違いない。

「ああ、私としたことが……」

 サンドラは深いため息をついた。


 一人くよくよと悩んでいると、シルビアとケイン王子が戻って来た。

「サンドラ様、ただいま戻りました」

 そう言ったシルビアの顔が、赤く上気している。

 ケイン王子を見ると同様だった。

「おかえりなさい。リンドウはどうでしたか?」

「ええ、とっても綺麗で、あれほど多くのリンドウが一斉に咲いているのは初めて見ました。まるで天国のお花畑のようで……」

 シルビアは赤い顔を一層赤くして、感動を言葉に表そうとしている。

 そんなシルビアを、ケイン王子は愛おしげな目で見ていた。

 サンドラは、リンドウが二人の恋の引き金になるという推測が的中したのだと確信する。

 シルビアが語り終えると、ケイン王子は言った。

「ところでサンドラさん。あなたはあの花園に、どんな魔法をかけたのですか?」

「はい?」

「いやね、あなたは、今私たちに起きている不思議な変化のことを、事前に知っていたのではないかと思って」

 いつものサンドラなら、色々と言い訳したり、取り繕ったりしただろう。だが、その時は自分とセイラ王子の事で頭がいっぱいだった。

 後先のことは考えずに、うっかり答えてしまう。

「一緒にリンドウを見たくらいでお二人が惹かれあうなんて、わたくしが知っているはずございません」

 ケイン王子は満足そうにほほ笑むと、ソファに深く腰掛けた。その隣にシルビアが座る。

「その答えだけで十分です。いずれにせよ、私たちはあなたに感謝する事になりそうだ」

 ケイン王子はそう告げると、シルビアと見つめ合った。

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