第22話 リンドウの花

――そういえば、家光公も女装が趣味だったとか……

 サンドラは前世を思い返す。やはり、将軍家光とセイラ王子には共通点が多い。

――それにしても、果たしてここまで女装が自然で似合っていただろうか?

 左腕にしがみついて歩くセイラ王子を横目で見ながら、サンドラは思う。

 二人の身長はほとんど同じなのか、今はサンドラが履いているブーツの踵の分だけサンドラの方が高いようだ。

 花園と剣術場で汚れた裸足でペタペタと廊下を歩くので、侍女が後をモップで拭きながら付いて来ていた。

 サンドラとセイラ王子の前には、ケイン王子とブレードが、楽しそうに今の試合の話をしながら歩いている。さらにその前を、上機嫌のシルビアが歩く。

 最初に通された部屋に戻ってきた。

 椅子に座ってもサンドラの腕を離さないセイラ王子に声を掛ける。

「姫……じゃない、王子。皆様もおられますので、どうか腕をお離しくださいませ」

 セイラ王子は頬を膨らませて言った。

「嫌です。二人の時は姫とお呼びください、サンドラ様」

「いえ、今は二人だけではありませんから」

 ケイン王子が、愉快そうにセイラ王子に言った。

「兄上、あまりサンドラさんを困らせてはいけません」

 セイラ王子は、渋々と腕を離す。

「それと兄上、女装は自室だけとの約束です。それを、ああも堂々とその格好で宮殿内を歩き回っては、父上の耳に入った時どれほどの逆鱗に触れることか……」

 セイラ王子の頬が再び膨らみ、これではどちらが兄で、どちらが弟か分からない。

 サンドラは思わず笑ってしまう。

「……まあ、それは置いとくとして、サンドラさんが兄上付きの護衛になる事に異論はありませんね」

「もちろん! サンドラ様からお守り頂けるなんて、これ以上の喜びはありません」

 耐えかねたサンドラが口を挟んだ。

「セイラ王子。どうかサンドラとお呼びください」

「嫌です。二人の時はサンドラ様と呼ばせてください」

「ですから、今は二人だけではありませんので」

 しかし、セイラ王子の暴走には慣れているのだろう、ケイン王子は冷静に話を進める。

「ではサンドラさん、この件については、正式に父上から公爵殿へお話があるでしょう。後日、改めて宮殿に来ていただくことになりますが、よろしいですね?」

「わかりました。ただ、一つだけお願いがございます」

「なんですか?」

「セイラ様がお育てになったリンドウ、とてもすてきでした。シルビアさんにも見せてあげたいのですが」

「はあ、そんな事ですか。では、ブレードに案内させましょう」

 セイラ王子が口を出す。

「ボクが案内する。サンドラ様も一緒に、ね」

 サンドラは首を横に振った。

「いえ、ケイン様にシルビアさんをエスコートしていただきたいのです。それが私の願いでございます」

 ケイン王子は不思議そうな顔をしたが、すぐに立ち上がった。

「ええ、いいですとも。それであなたが兄上の警護を引き受けて頂けるのであれば、お安い御用です。シルビアさん、参りましょう」

 シルビアはキョトンとしている。

「あ、はい」

 慌ててケイン王子の後を追う。

 残ったブレードに、セイラ王子が言った。

「ブレード、君もボク達に気を利かせて、どこかへ行ってはどう?」

「いえ、私のあるじはケイン王子ですから、セイラ王子の思惑通りには動きません」

 二人はあまり仲が良くないらしい。

 ブレードは、セイラ王子を無視してサンドラに話しかけてきた。

「ところでサンドラ様、エメラーダ家秘伝の剣術なのですが、その片鱗だけでも我々にご教授いただくことはできないでしょうか?」

「申し訳ございません。当家の剣術の正当継承者は父上ですので、父に伺わないと私には何とも」

 大嘘だが、取り敢えずそう答えないと矛盾が生じる。

「そうでしたね。次にエメラーダ公爵にお会いした時に直接頼んでみます。それにしても、あの五人が瞬殺ですから、サンドラ様がその気になれば、隊は全滅かもしれません」

「とんでもございません。やはり、私が女なので油断されたのだと思います」

 セイラ王子は、サンドラのその言葉にいたく感動したようだ。

「ちょっと、ブレード。聞いた? サンドラ様の謙虚なこと。君もサンドラ様の爪のアカでも飲んで、少しは謙虚になったら」

 だが、ブレードは相変わらずセイラ王子を無視して話を進める。

「今回、サンドラ様は『燕返し』を使っていない。必殺技を使うまでもなかったという訳ですから、底が知れません。しかも、あの体術。その細腕一本で、あの巨体を投げ棄てるなど、世のことわりを超えていませんか?」

「いえ、ちゃんと人体の構造に基づいた技なのです。もちろん、習得には個人の才能にもよりますが」

「兵が全員、エメラーダ家の剣術を身に付ければ、どこの国の軍にも負けないでしょうね」

 しかし、サンドラは首を横に振った。

「いいえ。戦争の中心が剣と槍から、銃や大砲へと変わるのは時の必然。剣に固執することは、やがて滅びへと繋がるでしょう」

 前世で体験済みのサンドラである。言葉の重みが違う。

「さすがサンドラ様。物事を総体的に捉えていらっしゃる。勉強になります。普通、腕に自信がある剣士ほど、最新兵器を認めないものですが」

 腹に大きな穴を開けられた前世があるのだ。認めざるを得ない。

 自分を無視して会話をされる事に不満だったセイラ王子が、再びブレードに咬み付いた。

「ちょっと、ブレード。サンドラ様のあるじはボクなんだからね」

 根負けしたブレードが立ち上がる。

「はいはい、承知しました。では、私はサンドラ様にやられた兵士達の様子でも見てきますか」

 セイラ王子が意地の悪い顔で笑った。

「いってらっしゃい。もう帰ってこなくていいよ」

 ブレードも負けずに言い返す。

「王子も、サンドラ様を押し倒してはダメですよ。お互い逆の格好はしていても、王子は男でサンドラ様はレディーなのですから」

 セイラ王子が何も言い返さなかったので、拍子抜けしたブレードは部屋を出て行った。

 見ると、セイラ王子はバツが悪そうにうつむいて赤くなっている。

――なんとからかい甲斐のある王子か。

 サンドラのイタズラ心が、むくむくと頭をもたげた。

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