第21話 セイラ王子
多人数を相手にする場合、一番やってはいけないのが後ろを取られる事だ。
剣は一本、眼は前にしか付いていない。魔法使いでもない限り、前後からの同時攻撃を防ぐ事は不可能だ。
サンドラは、日本剣術のセオリー通りに壁を背にする事に成功する。
ところが、次の段階でまずい状況になる。
先に追い付いた者から順に倒すつもりだったのだが、ほぼ三人同時にサンドラに追い付いて、横一列に並ばれたのだ。
この状況で、敵に視線を交わす機会を与えれば万事休すとなる。三方から上段、中段、下段と同時攻撃されれば、それが前方からであっても剣一本では防ぎ切れない。
そこでサンドラは、八相に構え直すと壁沿いに左へと走った。当然、左端の敵と近くなる。
勢いはそのまま、サンドラは渾身の袈裟切りを打ち込んだ。
「キェーッ!」
近衛兵は辛うじて受けたが、片手で剣を持つ西洋式の方法で防ぎ切れるはずもなく、自分の木剣ごと首筋に打ち込まれた。
「三人目!」
サンドラは、首筋の痛みに耐えている近衛兵の襟首を左手で掴むと、右足で尻を蹴って隣の近衛兵の足元に放り込んだ。
サンドラに向かって突進しようとしていた近衛兵は、放り込まれた近衛兵に足をすくわれて転倒する。
重なって倒れている二人の横をサンドラは落ち着いて歩き、すれ違いざまに上になっている近衛兵の尻を木刀でピシッと叩いた。
「ィテッ!」
鋭い痛みに、近衛兵の身体がエビ反る。
「四人目!」
そしてサンドラは、最後に残った近衛兵に、右手の木剣を無防備にダラリと下げたままの体勢で、ゆっくりと近付いた。
この近衛兵が、既に戦意を喪失しているのは明らかだ。
このまま近付けば、ヤケクソでサンドラの心臓めがけて突っ込んでくるだろう。
案の定、恐怖に耐え切れなかった近衛兵が突っ込んできた。
「いやあぁぁ!」
サンドラは、ブレード戦で見せたように、左肩を引きながら右足を軸に身体を四分の一回転させる。
サラシのおかげで回転に切れがあった。
木剣はサンドラの胸の前を通過し、近衛兵の大きな踏み込みによって180センチの近衛兵と直立しているサンドラの眼の高さがほぼ同じとなる。
鼻が触れる程の近距離だ。
近衛兵の眼が恐怖で踊り、サンドラはニコリと笑顔を返す。
そして、近衛兵の股間に入っていた木剣を、手首だけで真上に持ち上げた。
ブレードの時は遠慮もあって脚の付け根を攻めたが、今回は容赦がない。
木剣は近衛兵の金的を直撃する。
「お! う!」
最後の近衛兵は、股間を押さえてウサギの様に飛び跳ねた。
「五人目!」
剣術場は静まりかえっていた。
時間にすれば、わずか数十秒の出来事だった。
兵団長が青い顔をして呻いた。
「まさか……」
ケイン王子は、椅子に深く座り直して腕を組む。
「ここまで実力差があるとは……」
実際は、実力の問題ではないことをサンドラは知っていた。
サンドラは、ケイン王子とブレードというトップクラスの西洋剣術の戦術を見たことがあり、近衛兵は巌流剣術を見たことがなかった。
ただ、それだけの話だ。次に戦えば、こう上手くはいかないだろう。
そして、経験の差でもある。
どんなに実戦さながらの訓練をしても、それは実戦ではない。
サンドラにとって戦争は、遠い前世での記憶ではなく、昨日の事のように生々しい体験だった。
周囲があまりにも静まり返っているので、サンドラは終了を知らせるために、観覧者に向かってカーテシーでご挨拶をする。
そしてニッコリとほほ笑んだ。
割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こる。
サンドラの正面から、白いドレスの少女が抱きついてきた。
とても興奮しているのが分かる。闘ったサンドラより身体が熱い。
「サンドラ様! とってもステキでした! その強さでボクを守ってくださるのですね!」
これくらいの役得は良かろうと、サンドラも少女を抱きしめ返す。
ところが、少女もサラシを巻いているのかと思うくらい胸の感触がない。
「ありがとうございます、姫。私もできれば姫のような魅力的な方をお守りしたいのですが、残念ながらセイラ王子の護衛のお役目を申し付かっておりまして」
本当に残念なサンドラだった。
だが、少女の目は輝きを増すばかりだ。
「だから、ボクを守ってくださるのでしょう?」
「はい?」
「だって、ボクがセイラなのですから」
「はい?」
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