第20話 五対一の激闘

 前世での鉄造の身長は約160センチ、当時の日本人男性の平均身長より少し高い。それは、今世でのサンドラの身長とほぼ等しく、身体操作を容易ものにしていた。

 そういえば、龍馬は170センチと大柄だった。もちろん力士の様に180センチを超える規格外もいたが、その頃の日本人としては稀な存在だったといえる。

 ところが、この五人の近衛兵はどうだ。一番低い者でも170センチ、一番高い者は190センチを超えるだろう。平均180センチといったところか。

――殺し合いの経験はないな。

 サンドラは思う。

 現実の戦闘では、大きな者から標的になる。このように大きな兵士が多く揃っているということは、サンドラの常識では実戦経験が乏しいことを意味した。

 もちろん、実戦など経験しないに越したことはないのだが……

 振り返ったブレードは笑顔だった。これから起こる事が楽しみで仕方ないといった顔だ。

「この通り、近衛隊屈指の猛者達です。どうぞ、一戦交えたい者をお選びください」

「皆さん、強そうな方ばかりね。では、全員と手合わせできるかしら」

 観衆からどよめきが起こる。

 シルビアの心配そうな顔が見えたので、少女はどうかと見てみると、信じられないといった顔で口を大きく開けていた。

 調子に乗ったサンドラは言葉を続ける。

「それと、五人同時にお願いします」

 さらに大きなどよめきが起きた。

 ケイン王子は、足を組み替えて身を乗り出す。

「本当によろしいのですか? 五人ともかなりやリますよ」

 口ではそう言っているが、ブレードに五対一の闘いを止める気がないのは明らかだ。

「それは楽しみだわ。ぜひ、やらせてください」

 ブレードは五人の方を向いた。

「という事です。五人全員で掛かってください。ああ、重ねて忠告しておきますが、この麗しい姿に惑わされると、痛い目を見ますので」

 一番奥に立っていた、一番怖い顔をした近衛兵が、丸太の様に太い腕を胸の前で組みながら言った。

「それが命令とあれば、我々は従いますよ。ですが、無傷で済ませるお約束はできませんが、よろしいか?」

 この近衛兵がリーダー格なのだろう。サンドラの言葉に怒りを覚えたようで、苛ついた顔をしている。

 サンドラは、その近衛兵にスタスタと近付く。

 他の四人の近衛兵の前を通る時、獲物を狙う狼のような目で見下ろされているのがわかった。

 リーダー格の前で立ち止まり、サンドラは右手を差し出す。

「もちろん結構です。この腕が無くなっても文句は申しません。ですので、どうぞよろしく。えっと……」

 リーダー格も、渋々サンドラの手を握り返した。

「ジャンです。わかりました。そういう事でしたら、我々も全力でお相手します」

「ありがとう、ジャン。感謝するわ。では、いつから始めましょう?」

「別に、いつでも」

 突然、サンドラの眼が光った。

「では今から!」

 大声で叫ぶと、一歩鋭く踏み出しながら握手した右手を僅かに一度引いてから前へ、同時に下から上へと向かう小さな楕円を描いた。

 それでジャンの肘は伸び切り、肩が固定されて、サンドラの推進力により九〇キロはあろうかという巨体がフワリと宙に浮かび上がる。

 そのタイミングでサンドラが手首を返すと、ジャンの巨体は空中で一回転し、地面に叩きつけられた。



 巌流創始者の佐々木小次郎は、生まれつき華奢で、とにかく顔立ちが美しかった。

 幼少から剣術修行に打ち込み、メキメキと腕を上げたが、体質からか骨格は華奢なままで、顔も厳つさとは無縁だった。

 時は衆道文化華やかし頃である。そんな小次郎が町を歩けば、冷やかされるわ、身体は触られるわで、不愉快なことこの上ない。

 しかし、天下泰平の江戸の世で、尻を触られたからといって、いきなり切り捨てる訳にもいかなかった。

 そこで、小次郎が剣術と共に励んだのが合気柔術である。

 柔術は、元は戦場において、剣が振れないほどの接近戦になった際に敵を組み伏せ、首を取るための技術であった

 しかし、戦国時代の終焉は、首を斬り落とす物騒な技術を、力を用いず、敵を傷付けずに制する合気の技へと昇華する。

 小次郎は、邪な思いで近付いてくる野郎どもをこの技で撃退し、菊の門の純潔を守った。

 そして、この技は体格に恵まれぬ者向けに改良が加えられ、小次郎はそれを巌流合気柔術と名付ける。

 巌流の後継者である鉄造も、合気柔術の免許皆伝ではあったが、人並み以上の体格と筋力を持っていたこともあり、この技術の必要性を感じたことはなかった。

 正直、合気柔術の稽古をする時間があれば、剣術の稽古に当てたいと思った。

 しかし今、一度死んで初めて、合気柔術を習得していて良かったと思う。

 合気柔術は、女性の非力を補って余りある技術であった。



 凄まじい地響きだった。

 受け身を取る間もなく、ジャンの身体は一度バウンドして、それから地面に落ちた。

 サンドラは、すかさず木刀を両手に持ち替え、倒れたジャンの喉元を剣先で突く。

「一人目!」

 サンドラが叫ぶ。

「ゲボッ! ゲボッ!」

 喉を突かれたジャンは、のたうって苦しんだ。

 その体勢のまま、サンドラは振り返りもせずに後方へ跳び下がる。そこには、五人の中で一番大きな190センチ級の男が立っているはずだった。

 予想通り、背中に誰かがドンとぶつかる。その瞬間、サンドラは木刀を真上に振りかぶった。

 木刀は大男の額に命中し、カポーンという良い音を立てる。

「二人目!」

 サンドラが叫んだ時、残り三人の近衛兵は木剣を構え、戦闘体勢を整えていた。

――奇襲で行けるのはここまでか。まあ、二人倒せれば上出来だ。

 サンドラは、額を押さえてうずくまる大男の巨体を踏み越えて走り出す。

「こっちだ! こっちで相手になってやる!」

 三人の近衛兵もサンドラを追って走り出した。

 サンドラは壁の前まで走ると、クルリと振り返って木刀を正眼に構える。

 その眼は、明らかに侍の光を放っていた。

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