第19話 花園の妖精

 少女は裸足だった。

 肌が透き通るように白く、そのせいでそばかすが少し目立つ。

 外側に跳ねた肩まである金色の髪が、見かけほどおしとやかでないことを物語っていた。

――妖精?

 あまりの可愛らしさに、サンドラは我が眼を疑う。

「誰?」

 言葉をしゃべった。妖精ではないらしい。

 人間離れした存在感だが、王族の令嬢の一人なのだろう。

 そう思ったサンドラは、空気のスカートを両手でつまむまねをして、片足を引いてカーテシーでご挨拶だ。

「初めまして、姫。私はサンドラ・エメラーダと申します」

 姫と呼ばれたのが嬉しかったのか、少女は笑顔になる。

「あなたがサンドラ……噂は聞いてる。最強の女剣士ね」

「光栄です」

「ゴリラみたいな人かと思ってたけど、とっても綺麗な人だったんだ。ゴリラって知ってる? アフリカのジャングルの奥深くにいる幻の生き物だよ。人間みたいだけど、毛むくじゃらで筋肉ムキムキなの」

「はあ」

 サンドラの脳裏に、顔だけ人間の二本足で立つ熊の姿が思い浮かぶ。

「ところで、姫は何をなさっているのですか?」

「スズメバチの死骸を見てたの」

「スズメバチの死骸?」

「そう。アリが運んでいたから。アリって凄いんだよ。自分より遙かに大きなスズメバチを運ぶの」

「確かに凄いですね。でも、スズメバチの死骸を運ぶアリを見て、面白いですか?」

「面白いよ。とっても」

 変わったコだな、とサンドラは思う。

 蜜を集めていたミツバチが数匹、少女の周りに飛んで来た。

 少女は怖がるでもなく、右手の人差指を立てる。

 すると、ミツバチの一匹がその指先にとまり、もう一匹は少女の鼻の頭にとまった。

「ミツバチも凄いんだよ。スズメバチが時々ミツバチを食べに来るけど、仲間がたくさん食べられると逆襲するんだ。こんな可愛いミツバチが、あの恐ろしいスズメバチに」

「えっ、本当ですか?」

 初めて聞く話だった。

「本当だよ。一匹のスズメバチを何百匹ってミツバチが取り囲んで、ミツバチのボールみたいになってね。そうやってスズメバチを退治するの」

「何百匹ものミツバチが、一斉にスズメバチを刺すのですね」

「ううん、スズメバチの硬い殻にミツバチの針なんて通用しない。蒸し殺すんだよ」

「蒸し殺す?」

「そう。ミツバチボールは何十分も続くんだ。一度ボールの中に指を入れた事があるけど、ビックリするくらい熱かった。その熱でスズメバチを蒸し殺すの……」

 サンドラは、すっかり少女の話に引き込まれる。

「……ミツバチボールは必殺の技だよ。あの技に掛かって生き延びたスズメバチを、まだ見たことがない。だけど犠牲も多くて、ボールの中でスズメバチの顎の近くにいたミツバチは、ほとんど噛み殺されてしまう。生き残ったミツバチも、中心近くにいたハチは長くは生きられない」

「凄いですね。よく観察していらっしゃる。ミツバチが姫を刺したりしないのですか?」

「刺さないよ。ミツバチは、誰が味方で何が敵なのか、本能でわかっているから。花を育てる者を、ミツバチは味方だと思うみたい」

 警戒もせず戯れるように少女の周りを飛び回るミツバチを見れば、その言葉に納得するしかなかった。

「数は力。王室も、それを肝に命じて公正なまつりごとを行わないと、いつか民の裁きを受けることになる。この、アリに運ばれるスズメバチのように……」

――このコは、変わっているだけの少女ではない。深い洞察力と、本質を見抜く眼を持っている。

 サンドラは思う。そして、そんな少女の不思議な魅力に惹かれるのだった。


 その時、サンドラの背後から声がした。

「なんだ、ここにいらしたのですか。もう皆様お集まりです。剣術場へどうぞ」

 ブレードだ。よほど探し回ったのか、額に汗をかいている。

――花園に寄ることは知っていただろうに。

 サンドラは思ったが、黙ってブレードの後に続く。

 後を見ると、少女もサンドラの後を歩いていた。

 模範試合を観るつもりなのだろう。

――このコに、いい所を見せないとな。

 そう思ったサンドラは、いつもより気合いが入るのを感じた。


 剣術場に戻ると、建物側の廊下には、最強の女剣士をひと目見ようとする人々で溢れていた。非番の近衛兵や休憩中の使用人までいる。

 壁側に設置してある椅子には、宮中にいた貴族や近衛隊の幹部クラスと思われる人々が座っていた。その中にケイン王子とシルビアもいたので、セイラ王子もどこかにいるのだろうと思った。

 正直、少女に意識が行っていたので、セイラ王子など、どうでもいい気持ちになっていた。

 サンドラとブレードが場内に入ると、椅子に座っていた全員が立ち上がって迎える。

 少女は、そのまま歩いて椅子の最前列に座った。

 他の人々も座る。

 続いて、屈強な五人の近衛兵が入場してきた。

 獲物を威嚇する狼のような眼でサンドラを睨んでいる。

 サンドラは、その五人を涼しげなまなざしで見つめ返した。

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