第18話 秘密の花園

 馬車を降りたシルビアは、宮殿の大きさと荘厳さに圧倒された。

「わぁっ……」

 馬車の前から建物内へと続く長い階段を、近衛兵が左右にズラリと並んで出迎える。

 サンドラがケイン王子に尋ねた。

「これから国賓の方が?」

 ケイン王子は笑った。

「いえいえ、お二人のお出迎えですよ」

「え……」

 サンドラとシルビアは、開いた口がふさがらない。

 四人が通過すると、近衛兵が流れるように敬礼していく。その洗練された動きに、サンドラはさすが宮殿を守る者達と感心する。

 だが、同時に値踏みするような視線を痛いほど感じた。いかにも温室育ちのお嬢さまだが、本当に強いのか? 顔に、そう書いてあるように見えた。

 列の最後に立っていた初老の執事に、ケイン王子が話しかける。

「ただいま、セバスチャン」

「おかえりなさいませ、ケイン様、ブレード様。サンドラ様とシルビア様も、ようこそお越しくださいました。さ、こちらへ」

 セバスチャンの後を四人は歩く。

 広い廊下に並ぶ素晴らしい絵画や彫刻の数々に、サンドラとシルビアは目を奪われる。

 通された部屋も素晴らしかった。

 驚くほど広く、豪華な椅子とテーブルがこれでもかと並ぶ。

 こんな部屋に、たった四人でいることに、サンドラもシルビアも居心地の悪さを感じた。

 お茶が運ばれてきた。

 王室のお茶である。美味しくて当然だ。

「それで、サンドラ様。本日の予定ですが……」

 ブレードは、サンドラがお茶を飲み終えるのを待って切り出す。

「……宮殿の裏庭の一角に、近衛兵の剣術場があります。そこで、模範試合という名目で腕前をご披露願います。そこそこ腕が立つ近衛兵を五人そろえましたので、手の合いそうな者をお選びください」

「わかりました」

「私が敵わなかった旨は全員に伝えていますので、女性だからと見下す者はいないはずです。逆に負けが前提なので、揃えるのが大変でしたよ。彼らにもプロのプライドがありますから……」

 そして、愉快そうに笑いながら言った。

「……まあ、日頃から鍛えている丈夫な連中なので、一番強そうな奴を遠慮なくボコってください。サンドラ様も、少しは骨のある相手でないとつまらないでしょうから」

 ケイン王子が少年のような目で言った。

「ワクワクするな。こんなにワクワクするのは、春の祭りで闘牛を観た時以来だ」

――とうとう牛と同列にされたぞ。

 サンドラは思う。

――母上には悪いが、ケイン王子とのロマンスだけは絶対にないな。その代わり、監獄に送られることもなさそうだが。

「ところで、兄上はおとなしく自室で待っているかな」

 ケイン王子の言葉に、ブレードが立ち上がる。

「私がお迎えに行ってきます」

 サンドラも立ち上がった。

「私は少し身体を暖めたいので、先に剣術場へ行ってよろしいでしょうか?」

「では、私がセイラ王子のお迎えがてら、剣術場へご案内しますよ」

「ありがとうございます」

 サンドラは木刀を持つと、シルビアに耳打ちした。

「ケイン王子と仲良くなるチャンスよ。退屈なさらないように、たくさんお話しするように。いいわね」

「はぃ……」

 気が乗らぬ様子である。

 はっぱをかけるサンドラ。

「色仕掛でもいいから」

「えっ、無理無理。サンドラ様ならまだしも、私のような幼児体形では無理ですよぉ」

 シルビアは、顔の前で手を振った。当然といえば当然だが、まだ自分とケイン王子のロマンスがイメージできないのだ。

「ハアァ……」

 サンドラは、軽い焦りを感じながら、ブレードと共に部屋を出た。


 どこまでも続く回廊を歩きながら、サンドラは記憶を探る。

 確か『公女シルビア』では、サンドラにイジメられて泣きながら下校している所に、ケイン王子を乗せた馬車が通りかかり、不憫に思った王子がシルビアを馬車に乗せる展開だった。

 それを切っ掛けに二人は急接近するのだが、その時の王子の言葉が「宮殿にリンドウを見に来ないか」だったはずだ。

 リンドウ……花言葉は正義、誠実、そして、悲しんでいるあなたを愛する……

 サンドラは考えた。

――そうだ、リンドウだ。宮殿のどこかにリンドウが咲いているはず。その花を原作通りに一緒に見ることで、ケイン王子とシルビアの恋心を、原作に引き戻す引き金にならないか?

「ブレードさん、宮殿のどこかにリンドウが咲いていたりしますか?」

「リンドウ?」

「紫色の小さくて可愛い花です」

「ああ、それなら剣術場奥の花園にあります。たくさん咲いていて、見頃ですよ」

 小説の筋書きと違うとはいえ、とにかくシルビアは宮殿に辿り着いた。後は、ケイン王子と一緒にリンドウを見て、帳尻を合わせるしかないとサンドラは思う。

「こちらが剣術場です」

 ブレードから案内されたのは、芝生が刈りそろえられた真四角の広い場所だった。中庭全体が剣術場になっている。横の壁一面に木剣が掛けてあった。

「あの木剣はご自由にお使いください。その物干し竿の方が使い勝手が良いかもしれませんが。あそこの細い通路、その奥が花園です。では、私はセイラ王子を迎えに行きますので」

 ブレードが立ち去ると、サンドラは真っすぐに花園へと向かう。

――うん、小説にも『細い通路を抜けると』とあったな。物語通りだ。

 果たして、通路の奥には美しい花園があった。数々の花が咲いていたが、中でも見事に咲き誇っているのがリンドウだ。

「これは凄い……」

 思わず声に出る。

 すると、花園の中央で人影が立ち上がった。

 丈の短い、ゆったりとした純白のドレスを着た少女だった。

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