第17話 王子の願い
前世、鉄造の周囲にも男色家はいた。
別に嫌悪感はなかったが、鉄造自身にその傾向は全くない。
そして今世。
そんな鉄造の人格が宿っているサンドラにとって、男性との恋愛は精神的には男色に等しい。
第一王子とのロマンスが云々と言われても、気が乗らないことこの上ない。例えケイン王子並の美男だったとしても、無理なものは無理である。
――第一王子から余計な好意を持たれぬよう、なるべく女性らしく振る舞わなければ……
サンドラは強く思うのだった。
「宮殿に入ります!」
御者から声が掛かった。
巨大な門の両脇に立つ門衛が敬礼する中を、馬車は駆け抜ける。
初めての宮殿訪問に、シルビアは眼を輝かせて窓から首を出した。
そのまま馬車は曲がりくねった道を行き、いくつかの橋を越えた。しかし、宮殿は一向に見えてこない。
不思議に思ったシルビアがブレードに尋ねた。
「宮殿に入ったのですよね?」
「ええ、敷地内には。ですが、建物はもう少し先です」
「大変な広さですね」
「確かに広いのですが、実際は体感する程ではありません。道が曲がりくねっているので、遠く感じるのです」
「真っすぐに道を整備した方が早くないですか?」
矢継ぎ早の質問に、ブレードが面倒臭そうな顔をしたので、サンドラが答えた。
「守りのためよ。敵が攻めて来た時、道が真っすぐだと、あっと言う間に宮殿にたどり着いてしまうから」
「ああ、なるほど」
「ほら、あの塀の上の方にある見張台。この道を敵が走り抜けようとしても曲がり角で勢いが落ちるから、それをあそこから弓や銃で狙い撃ちしたら一気に戦力を削ぐ事ができるわ。それが何カ所もある」
ブレードは呆れ顔だ。
「なぜ公爵令嬢が、宮殿の防衛のことまでご存じなんです?」
日本の城も同じ考え方で作られているからだが、それには答えずに言葉を続ける。
「それと、あのいくつもの堀、降りるのは簡単だけど、反りがあるので登るのは困難な構造よ。橋の幅も馬車一台分、武装した兵士なら横二列かしら。どんなに大勢で攻めて来ても、そこで狙い撃ちできる」
今度はケイン王子が驚いた。
「そうなのか? あの堀や橋にそんな意味が? 生まれた時からここにいるが、知らなかったぞ」
「最悪、橋を落とす事で敵の進行を止める事ができます。王室の方々の命を守るための知恵かと存じます。ただ……」
「ただ?」
「地形を利用した守りは、剣と槍で戦っていた時代には有効であっても、銃と大砲が戦闘の中心となる今後、どれほど効果があるかは再考を要するかと」
鉄造が命を落とした幕長戦争でも、天然の堀や川を利用した防衛機能で難攻不落と呼ばれた小倉城は、遠方からの長州軍の砲撃に成すすべもなく崩れ落ちた。
その様は、今もサンドラの記憶に強烈に残っていた。
ケイン王子が肩をすくめる。
「やれやれ。公爵殿は、国防についてまで英才教育をなさっているらしい。私に取り入るフリをして、人となりを観察されていたのは、実は我々だったようだ。そんなサンドラさんの眼に、今の我が国はどう映っていますか?」
「率直に?」
「無論、率直に」
「素晴らしい国だと思います。貴族は別として、民に職業による階級意識がなく、格差が少ない。これを実現できているのは、世界中で恐らく我が国だけでしょう。税制の均衡がとれ、労働に対する見返りが期待できるからだと思います」
「まったく何者ですか、あなたは」
「これは、やはり先代の国王と現国王の築き上げてきたものでございましょう。となると、次に気になるのが……」
サンドラが途中で言葉を飲み込む。
なかなか後を続けないので、痺れを切らしたケイン王子が自分から切り出した。
「次期国王、だすね」
「はい」
「で、どう思いますか?」
「しかし……」
「構わないので言ってください。サンドラさんの見識が聞きたいのです」
いつの間にかケイン王子の目つきが、クラスメイトのそれから、国民を導く者の目へと変わっていた。
「承知しました。正直申しまして、先ほどセイラ王子の性癖をお伺いするまでは、長幼の序を重んじることが望ましいと考えておりました。今は……セイラ王子にお会いしないと何とも言えません」
「そうですか。正直な意見をありがとう。ついでに、私の話も聞いてくれますか?」
「はい……」
一瞬、脳裏に忠長の悲劇が横切り、サンドラの身体が硬直する。
ケイン王子が国王への野望を抱いていた場合、この国が内部から崩壊していく可能性を否定できない。
「その様子では、もう公爵殿から聞いていそうですね。悪役令嬢の仮面を外したのも、そのせいではありませんか? つまり、私を次期国王に担ごうとする動きがあるのです」
「はい……存知あげております」
「病弱で内向的、極みつけに同性愛者の兄上より、健康で活発、腕っぷしもなかなかの私を次期王に、という訳です」
「……」
サンドラは緊張で息を止める。
ケイン王子は、構わずに言葉を続けた。
「だが、私は王にはなりたくないのです」
「えっ?」
思いがけない王子の告白に、サンドラは面食らう。
「私は世界中を見てみたい。インドに行きたいし、その先のジパングにだって行ってみたい。そこから延々と海を渡った先にある新大陸とやらにも。とにかく、宮殿の王座に座りっぱなしで、書類を眺めながら一生を終えるのだけは、絶対にゴメンなのです」
サンドラは、前世の経験から、男の名誉欲には限りがないのを知っていた。そして、最も厄介なのは、その名誉にまつわる男の嫉妬である事も。
食欲も性欲も満たせば限りがあるが、男の名誉欲だけは満たされる事がない。そう思っていたのだが、生まれながらに国の最高の地位に着く権利を半分持っていたとしたらどうだろう。
その地位に固執するのか、もしくは逆に反発するのか。
少なくとも、ケイン王子は後者だっだのだ。王座への固執も、第一王子への嫉妬もない。
あるのは、未知の世界への旅立ちを渇望する冒険者の魂だけだ。
「はっきり言って、兄は私よりずっと頭がいいし、今は人が言うほど病弱でもない。庭で花を育てていれば満足だし、つまりは王にピッタリなのです」
「あの、それで私に何をしろと……」
「先ほどは冗談半分で言いましたが、今はすっかり本気です。あなたは文武ともに素晴らしい女性だ」
今度は、シルビアとブレードが緊張で息を止める。
ケイン王子は、サンドラの目を真っすぐに見た。その気迫に押されて、サンドラは後ろに仰け反ってしまう。
「サンドラさん、王家としてのお願いだ。あなたの魅力で、どうか兄上を女性に目覚めさせてほしい」
「……はぁ」
サンドラは、引きつった笑いを見せるしかなかった。
――外見はサンドラでも、中身は鉄造なんですけどぉ……
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