第15話 庭師との友情
しばらく前、サンドラから丈夫な棒はないかと聞かれるまで、貴族にとって自分たちのような平民は、畑に立つカカシと同じなのだろうとバートンは思っていた。
壊れたら、次のカカシを立てるだけの話だ。
ところが、この令嬢は変わっていた。
そもそも、公爵家の令嬢が庭師の小屋に来ること自体が異例である。決してきれいとは言えない環境だし、どこにドレスを引っ掛けて破れるかわからない。
案の定、サンドラはドレスを引っ掛けて破ってしまうが、別に気にした風でもなく、今度は乗馬服に着替えて戻って来た。
バートンが適当な枝を選んで渡すと大喜びし、自らヤスリをかけ始める。
木屑だらけになっていく令嬢を見兼ねて作業を引き受けると、もう止めてくれと言うまで礼を言われた。
一晩かけて表面を磨きあげ、バートンはサンドラに枝を渡す。サンドラはその出来に満足し、まるで旧友のようにバートンの肩を叩いた。
それから、一本の大きな木の下に立った。
両手で枝を持ち、じっと動かない。
やがて、枯れた葉が一枚舞い落ちた。
サンドラは、滑るように落ちる葉に近付くと、枝でスパッと一刀両断する。
その速さに、バートンは何が起きたか理解できなかった。
風が吹いた。
葉が何枚も舞った。
サンドラは、まるで踊るかのように身をひるがえし、ただの枝を鋭利な刃物のごとく扱って、全ての葉を切り刻む。
それを見て、ようやくバートンはこの令嬢が何をしたかったのかを理解した。
――このお方は、周りが言うような悪役令嬢じゃねぇ。心技体の揃った、本物の剣士様だぁ。
バートンは、サンドラに尋ねた。
「お嬢さま。そんな枝のまんまじゃねえ、ちゃんと剣の形をした木剣が欲しんじゃないですかい?」
サンドラは実はそうだと答え、こんなのが欲しいと地面に描いて説明した。
それは、バートンが知っている木剣よりシンプルな形状だったが、長さと反りの角度に拘りがあるようで、実現するには骨が折れそうだった。しかし、注文通りに作る自信はあった。
「まかしてくだぁせえ。このバートンが、お嬢さまのご希望通りに作りますんで」
喜ぶサンドラを見ていると、バートンまで嬉しくなった。
それからは、公爵令嬢は時々差し入れを持って庭師小屋を訪れ、ただの木の棒が理想の木刀へと形を変えていくのを楽しそうに見ていた。
差し入れのお菓子を初めて食べた時、バートンは椅子から飛び跳ねて驚いた。
「こりゃたまげた! 世の中に、こんなうめぇもんがあるなんて」
「そうか? この世界の菓子は、私には甘過ぎる。ああ、あんこが食べたい……」
「この世界? お嬢さまは、たまに妙なことを言いなさる。このお菓子、せっかく頂きやしたが、家に持って帰っても? 孫に食べさせてあげてぇもんで」
「気に入ったのなら、もっと持ってくるさ。どうせ私は食わんからな」
「なんと、本当でごぜえやすか? 感謝の言葉もねえです。孫の驚く顔が目に浮かぶ。ところで、そのあんことやらは何でごぜぇやすか?」
「あずきという小さな赤い豆に、砂糖を入れて煮て潰したものだ」
「それだけで?」
「それだけだ」
「それなら、うちのかかぁにも作れやすぜ。あずきという豆は知りやせんが、赤いんげん豆で代わりになりやしょう」
「誠か! ぜひ作ってくれまいか」
「へい。お安いご用ですが、砂糖のような高価なもの、うちにはねぇんで、生姜を刻んだやつでもよろしいですかい?」
「それは、あんこではないな。砂糖なら、屋敷の厨房にあるのを持ってくる。菓子でも食いながら待っておれ」
すぐにサンドラは、2キロはある砂糖入りの麻袋を持って来た。
「これで頼む」
「はあぁ……凄い量ですな」
「あまり入れ過ぎないでくれよ。甘さ控えめが好きなのだ」
「それでは、砂糖が余ってしやいやす」
「残りはバートン家で使えばいい」
「こりゃまた、ありがとうごぜぇやす」
数日後、バートンの妻が作った赤いんげん豆のあんこを、涙を流しながら食したサンドラだった。
「美味い……美味いよう、バートン殿ぉー」
「そんな、泣かねえでくだせえ、お嬢さま。ほら、鼻水があんこに入った。甘いあんこが、しょっぱくなりやすぜ」
「餅が……餅があればなぁ。もっと美味く食えるのに。バートン殿、この世界にもち米はあるか?」
「もち米? さあ、初めて聞きやすが」
「そうか……いや待てよ。パンに挟んでも、そこそこ美味いのではなかろうか……」
今世における、アンパンの発明であった。
☆
サンドラを乗せた馬車が遠ざかるのを見送りながら、バートンはつぶやく。
「木刀には、このバートンの魂を込めていやす。一緒に戦いやしょう、お嬢さま……」
ケイン王子は、サンドラが馬車内の持ち込んだ木刀を見て尋ねた。
「それは、物干し竿かな?」
サンドラは、胸を張って答えた。
「いいえ、私めの剣にございます」
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