第13話 王室からの呼び出し

 剣術試合の翌日、帰宅したエメラーダ公爵はサンドラに言った。

「宮殿で、いつの間にかワシが剣術の達人という事になっておる。サンドラ、犯人はおまえだな? いったいどんな魔法を使った?」

 どこの世界でも貴族はみんな噂好きだな、とサンドラは思う。

「もしかすると、ブレードさんと試合をして勝ったからかもしれません。師は誰かと王子に問われましたので、お父さまと答えておきました」

「なにぃ! ブレード君に勝ったぁ?」

 公爵は、信じられないという風に首を振る。

「いったい、どうしてそうなった。それが本当なら、おまえは冗談抜きでこの国最強の剣士かもしれん。あの火かき棒のおかげか? 母さんが嘆いておったぞ。あんな物を振り回して、手にマメでもできれば、どこへも嫁に行けなくなるとな」

 サンドラは満面の笑みで返す。

「サンドラは嫁になど行きたくございません。いつまでもお父さまのそばに居とうございます」

 公爵は内心嬉しかったが、厳しい眼で睨んでいるマリー夫人の手前、デレデレもできない。

「そうか。だがな、いずれは公爵家の娘として、相応しい相手と結婚せねばならん。ケイン王子と一緒になってくれれば言うことないのだが、お付きの騎士を倒してしまったとなっては、そういう対象には見ていただけないかもしれんな……」

 公爵は、腰のサーベルを外して手に持った。

「……いったい誰に似たのやら。このサーベルを見てみろ、最初から刃研ぎしておらんからリンゴも切れん。衣装の一部として身に付けているだけで、私は武芸に関してはからきしなのに」

 サンドラはピンと来た。

 ブレードとの試合後にケイン王子が言っていた、サンドラの強さを見込んでの相談というのが、今まさに父親を通じて正式に来たのだ。

 あの時、王子は「また後ほど」と言っていたが、サンドラが思っていたより急を要する話なのかもしれない。

「それで、王室からは何と?」

「何だ、もう話の筋が見えたのか。最近、やたらと察しがいいな。あさって、宮殿へ来てほしいそうだ。第一王子の警護について相談したいらしい」

 マリー夫人が、たまらずに口を挟んできた。

「警護の話ですって? 縁談ではなく?」

「ああ、母さんには残念だろうが、警護の話だ。まあ、そこから恋愛に発展するかもしれんし、出会いの切っ掛けがどうであろうと、お互い見ず知らずよりはマシだろう」

 婦人は頭を押さえて椅子に座り込んだ。

「そんなの無理です! 警護に着くようなつわものを女性として見るなんて有り得ません! ましてや妃候補になんて……」

 公爵は、婦人に気付かれないように肩をすくめた。

「まあ、そういう事だ。あさっては、ケイン王子自らお迎えに来てくださる。腕前を披露してもらうかもしれないので、動きやすい服装でとの事だ」

「わかりました、父上」

「しかし、良い時期に宮殿へ入ってくれたよ。ケイン王子派の動きが活発になってきている。このままでは国が二分する可能性もあるからな」

「お任せください、お父さま。力は合わせるもの。第一王子と第二王子が力を合わせれば、国力は二倍どころか、四倍にも八倍にもなりましょう。私が必ずやお二人の絆を強くいたします」


 サンドラは、前世で考えた事があった。

 将軍家光の時代に坂本龍馬が生きていれば、忠長の悲劇も、その後に続く駿河の苦難もなかっただろう、と。

 龍馬なら、家光と忠長の間に入り、上手く幕政を回したに違いない。誰もが不可能と考えていた、薩摩と長州を結び付けたように。

 前世でサンドラは、そんな龍馬のやり方を見てきた。もちろん、天性の人たらしである龍馬と同じ事が鉄造にできる訳もない。

 だが、龍馬だったらどうするかと考える事は、一つの指針となるはずだ。

 この王国を守るために自分は転生してきたのだという思いが、サンドラの中に芽生えつつあった。


 公爵が頷く。

「頼んだぞ。難しい仕事だが、今のおまえならやってくれそうな気がするよ」

 夫人が不機嫌そうに公爵に言った。

「ところで、あなたに剣の腕前を見せてくれとは、誰も言わなかったのですか?」

 公爵は自慢げに答えた。

「言われたさ。だが、エメラーダ家秘伝の剣術は、一子相伝の必殺剣。その正統継承者は、国の一大事以外に人前で剣を振るってはならぬとの掟があるのでな……」

 そして、小声でサンドラに言った。

「……と咄嗟のでまかせで逃げたものの、いよいよの時のために、あの火かき棒でやっていた変てこな型だけは教えてくれんか。さすがに、国王に見せろと言われて、嫌とは言えんからな」

 そして、大きな腹を抱えて笑った。

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