第11話 剣術試合

 ワッツ教諭に礼を告げた後、喜び勇んで授業に参加したサンドラだったが、すぐに挫折してしまう。

 覚醒前のサンドラは、試験前に試験用の詰め込み暗記をするだけで、知識という意味では全く蓄積されていなかったのだ。

 その証拠に、どの教科もよく理解できない。

「さっぱりわからん……」

 思わずつぶやくと、シルビアが優しく言ってくれた。

「二週間も休んでいたのだから当然です。シルビアと一緒に遅れを取り戻しましょう」

「教えてくれるのか? それはありがたい」

「もちろんです。だけどサンドラ様……」

 シルビアは、サンドラの耳元でささやいた。

「……男言葉に戻ってますよ。カッコいいけど」


 午後の体育の授業は剣術だったので、女子は見学だった。

 練習試合だが、成績に関わってくるので男子は真剣だ。

 トーナメント方式で、やはり幼少より英才教育を受けているケイン王子とブレードの実力が段違いである。左右のブロックから順当に勝ち上がっていく。

 決勝は、やはりこの二人だった。

「おい、ブレード。手加減はなしだぞ」

「もちろん。護衛する立場の者が、護衛される王子に負けては話になりませんから」

 二人が向かい合うと、女子達の黄色い声は最高潮に達した。

 金髪の王子と銀髪のブレードが対峙する姿は、何とも絵になる。

 サンドラは、観覧席から身を乗り出して、その闘いを見ていた。

 実力は伯仲、経験の差で僅かにブレードが有利か。

 長い闘いになった。試合は三本目までもつれ込み、最後はブレードが王子の木剣を弾き飛ばして勝利する。

 二人は笑顔で握手をして終了となり、クラスの全員が拍手で讃えた。

 だが、手に汗握る熱戦を観て、サンドラは居ても立ってもいられなくなった。

――強い! この男と闘いたい!

 観覧席にあったモップの柄を引き抜くと、それを手に試合場へと飛び降りてしまう。

 隣に座っていたシルビアが驚いて声をかけた。

「サンドラ様! どこへ?」

 何事かと周囲の目が集まる。

 サンドラはブレードに歩み寄ると、柄の先をブレードの鼻先に向かって突き出した。

「ブレード殿! 尋常に、いざ勝負!」

 観覧席がどよめく。ほぼ全員が、目立ちたがりの公爵令嬢が、また気まぐれを起こしたと思った。

 だが、試合場にいたワッツ教諭とケイン王子、そしてブレード本人は、サンドラの目が本気であることがわかった。

 ワッツ教諭の脳裏に、落馬事故の悪夢がよぎる。

「サンドラさん! ケガから復帰したその日に剣術の試合なんてムチャです! そもそも公爵令嬢が剣を振るうなど……」

「体調は万全です。それに、我がエメラーダ家では、君主の危機には男女を問わず戦うのが家訓ですから」

 体調が良いのは本当だが、後半はその場で思いついたデタラメである。

「そんな……でも、ブレード君はトーナメントを闘い抜いて疲れています。胸を借りるのは、彼が万全の時にしましょう」

 我ながら良い言い訳を思いついたと思ったのも束の間、そんな教師の立場などお構いなしのブレードが言い放った。

「先生、別にいいですよ。女性の相手なんて、いつでも」

 ブレードまでやる気になっているのを見て、ワッツ教諭はケイン王子に目配せをする。

 だがそれも、あっさりとかわされた。

「サンドラ嬢とブレードの対決か。これは見ものだな」

 そう言うと、観覧席に上がって一番前に座ってしまった。ニコニコと満面の笑みだ。

 ワッツ教諭は諦めた。

 体育の時間は見学だけの女子も、乗馬用ジョッパーズとブーツを履く習わしがあるので問題ないと思ったが、一応聞いてみた。

「サンドラさん、その服装で良いですか?」

「はい、先生! 問題ありません」

「では、せめて私の木剣を使ってください。モップの柄では、ぶつかり合った時に砕けてしまいます」

「いえ、ここの木剣では私にとって短いのです。それに、私の技は相手と過度にぶつかり合うことはしません」

「そのモップ、1メートルくらいありますよ。まあ、サンドラさんがいいのであれば……」

 ワッツ教諭は、チェストガードとアームガードをサンドラに付けながら説明する。

「……ルールはわかりますね。三本勝負で先に二本取った方が勝ちです。頭部は寸止め、胸と腕は正しく剣筋を当てたら一本です。しかし、モップの柄では剣筋が……」

 すると、身体を軽く捻りながらブレードが言った。

「そのモップが、オレの身体のどこだろうが、少しでも触れたらサンドラ様の一本でいいですから」

 サンドラは微笑んでいたが、その言葉を屈辱と感じたようで、目だけをギラギラとさせていた。

 サンドラにプロテクターを着け終わったワッツは、ブレードのプロテクターを確認する振りをしながら、小声で話す。

「ブレード君、くれぐれも手加減を」

 ブレードも小声で返事をした。

「大丈夫ですよ。ご令嬢相手に、本気でやる訳ないじゃないですか」

 ワッツ教諭が二人の間に立ち、右手を振り上げた時、観覧席のシルビアが叫んだ。

「サンドラさまー! ガンバってー!」

 すると、取り巻きの三人も声を出してサンドラの応援を始める。

「あれれ、今回は俺が悪役か」

 ブレードは苦笑いしながら木剣を右手に構えた。剣先を真っ直ぐ相手に向ける西洋剣術の一般的な構えだ。

 対してサンドラは、両手で木剣を持ち、顔の右横で剣……いや、モップの柄を真上に立てた。日本剣術の八相と呼ばれる構えだ。

 しかし、そこから左足を前に大きく踏み出して右足を後ろに伸ばし、低い体勢になる。そして、腕を下げながらモップの柄を腰の高さまで倒した。

 そして、最後に右手を順手に持ち換える。

 鉄造が前世で極めし剣術、かの佐々木小次郎が編み出した必殺剣、巖流の構えであった。

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