03-murder(3)
「ねえ、
「どういう意味」
「だって、殺人犯がすぐそばに居続けるってことでしょ?」
「でも、みんなが、自分が殺されるよりいいし、これからの殺人を止める為に動かないといけないし」
「
依砂は、唯一名実ともに市警であるのだ。普段の彼らの行いも、ギリギリ黙認しているだけのようなものだ。何かあることを一番警戒していた。
犯罪者というものは、特に実力が伴っている者は、騙すことも得意としている場合が多いだろう。それを考えれば、生蛇が嘘をついている可能性も捨てきれないのだ。というより、騙している可能性の方がずっと高かった。
「じゃあ、騙しているとして、何の為に騙すの?」
「そりゃ、見逃してもらう為じゃ……」
「見逃してもらおうなんて、考える必要なんて無いと思うよ。だって、私たちのことなんて、簡単に殺せるんだから」
感情の抜け落ちた栖田の声に、一斉に下を向く。ただ一人、無武だけは前を向いていた。恐怖も警戒心も他より欠けていた。それは、無武に迷いを招いた。
「ぼくは、栖田に賛成するよ。だって、それ以外に方法がないから」
「うん、そうなんだよ。方法がないんだ。だから、一つだけ約束してほしい」
栖田が、少しだけ声のトーンを上げて、皆が顔を上げるのを待った。
「絶対、一対一で何かしようなんて思わないこと」
皆、ゆっくり頷く。栖田は少しだけ視線を下げた。
「死ぬときは、皆一緒に、ね」
悲しそうで縋るようなその台詞は、そこにいる全員の心をざわつかせるには十分過ぎる威力だった。
朝、いつも通り重たい身体を持ち上げた
自分の意識は何も変わっていないのに、何かが変わったような感覚がある。何かあったかと、自分のスケジュールや仕事のメールをチェックするが、特に何も見当たらなかった。
どうしたものかと思いながらも、相談する先が無くそのまま何も変わらない。こういう時に、人間関係を築くのが下手なままにしたのを後悔するのだ。
そういえば、自分はいつからこうだっただろうか。生まれてからずっと? と考えてみるが、自分の幼い頃を上手く描けない。
(どういうことだ……)
映像として、自分の思い出が浮かんでも、心の中がさっぱり分からないのだ。誰か別人の視点で物語を見ているような感覚。
(僕はなにか大事なことを忘れているのではないだろうか)
戸端は、笛地達となんとか仲良くなって、そういう相談が出来るようにしようとこっそり決心していた。
「お疲れ戸端くん」
「あっ、どうも。いつもありがとうございます」
戸端の心情などまったく知らない栖田は、昨日の生蛇の一件を思い出しながらギャップが凄いな、と考えていた。過剰なほどに丁寧で弱々しい姿に、これは裏側なんて絶対分かるわけない、と誰かに言い訳した。
そんな様子に困ったようにしていた戸端を誤魔化すように、バーの方に促す。
昨日話し合った結果、決まった事はこうだった。都合よく、
ストレスの爆発を先送りにするには、どちらとも関わった方が良いこと。実際にあった事なら生蛇の記憶でも、戸端の記憶に上書きすることが出来ること。生蛇の説明から分かった二つのことから決まった事だった。
毎日バーに全員集まるというわけにはいかないので、来られる人が来られる時に来ることになっている。
皆が揃ってあーだこーだと話し合っている間、生蛇は面白いものでも見るように笑った。そんな風に笑った後に零したのは、今まで如何に戸端も生蛇も孤独だったか、ということ。それぞれ孤独を抱えて、だからといってその二つの人格が交わるようなこともなく。
意外にも、彼の感情はよく動いた。だから、彼の心を動かすことは不可能ではないと、手ごたえを感じた。
しかし、実際には、戸端の方を変えなくてはいけない。
そこまで考え込んでいた笛地が、急に栖田からの頼みを思い出す。
「そうだ、戸端くん」
「なんですか?」
「今日なんか食べたいものがあったらリクエスト受け付けるよって
「え、それは、悪いです」
戸端があの事件と向き合って、上手く消化しない限りは、うまく解決するに至らないだろう。もしくは発散する別の方法を見つけるか……しかしこれは今、殺人が発散になっている時点で、きっとまともな方法はないのだろうと予想が出来てしまう。生蛇の雑な説明で、この企みはショック療法みたいなものだ、と知った。理解は出来ないが、そういう理屈で動くしかないのだと言われてしまえば何も言えなかった。彼と同じ苦しみを味わった者などいないからだ。
戸端の中はどうなっているのだろう。笛地は急にそんな疑問を浮かべた。今、戸端のどこかに存在している筈の生蛇が、一体どうやってそこに居るのか。例えば頭の中にベッドのような物はあるのだろうか。人格が身体を操るとき、操縦席のような物が存在するのだろうか。そんなことを考えた。
「栖田さんに遠慮することないよ」
なんて勝手なことを言うが、それには戸端は笑っているだけだった。やはり生蛇の面影は、ない。
結局、笛地が挙げた食べたい物の中から選ぶ形で決まった結果を連絡すれば、材料を買って来いと、使われる流れになった。
人に使われるような関係を築くこと自体、経験が無いらしい
「大体、このリクエストだって笛地でしょ」
一応候補を挙げてそこから選んだという形だが、笛地の希望が大部分占めているのは簡単に分かってしまうのだろう。そんなやり取りも面白がっている戸端はいつもより落ち着いて見えた。彼の中に棲む生蛇が、このバーに来るのを嫌がらなくなったからだろうか。
「栖田さんは厳しいよね……」
悲痛な声を上げながら、指折り自分の生活費を計算している。調子乗ったな、その言葉に周りが皆頷いた。それほどに、周りに笛地の味方はいなかった。集まった背景が故か、ここには他人にも自分にも厳しい正論人間が多い。このバーではそれを発揮しない者もいるが、本質は変わりない。冗談や嘘で戦える相手はいない。
そんな状況を見て、バーに入ってきて早々爆笑し始めた
「
栖田の指示に、曖昧に返事をしながら戸端に近づいて手を差し出す。その手をおずおずと取った戸端が顔を覗き込むように見上げれば、伶唯が笑った。
「どうも。痴漢担当の伶唯です。痴漢は容赦なく骨を折ることにしてるんだ。よろしく」
「お……? よ、よろしくお願いします」
骨を折る、というところに過剰反応して見せたが、痴漢をしなければいいと思い直して心を落ち着かせた。ビビってますね、と言いながら角道が戸端の隣に座るが、伶唯によって引きずり降ろされた。
「え、なに」
「ちょっと、用があるから。戸端くんの隣は俺ね」
「しょーがないですねー」
フラフラと、今度は笛地の隣に座る。笛地はまだ生活費の計算をしている。
他の全てを無視した伶唯は、戸端にあるお願いを持ってきていた。
「明日休みでしょ? 痴漢パトロール、付き合わない?」
なにそれ。そんなツッコミは戸端ではなく、栖田の方から聞こえた。
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