03-murder(2)

 人間じゃないみたいだ。そう言われた事があるらしい、無武むぶは今日も研ぎ澄まされた感覚によって、気配を追っていた。先日、パトロールに参加しなかった理由は動物虐待の現場を押さえるためであったが、今日のパトロール不参加の理由は単独行動がしたかったから、というだけであった。

 戸端からは、血の匂いとただならぬ気配を感じた。彼の中に。だから、確かめたかったのだ。こっそり、一足先に自分が。

 戸端が、いや、戸端に見える、戸端の姿をしているその男が、子供を手にかけようとしている現場に到着した。今なら間に合うな、そう思いつつ自分の身体が動かないことに気づく。


(あの子供、見覚えがあると思ったら……)


 先日動物を虐待していた子供だ。例によって肩を外したが、まあ日数は経っているので嵌っていてもおかしくはない。その期間でなんとかしてもらうことは容易だろう。いや、そんなことじゃない。


(だから、動けないのか。いっそ、あの子供を殺してほしいから……?)


 自分の奥底に潜むそんな思考に、恐ろしくなってうずくまった。その瞬間、ナイフの刃は子供の身体に埋まっていた。

 確保しなくては、とやっとそこで意識が切り替わった。






「それで、ある程度譲ってもらえるとありがたいんだよね」


 生蛇なだを連れ帰ったバーにはいつかのメンバーが勢揃いしていた。落ち着かない様子で、見覚えのない人間を一人ずつ観察し始める生蛇に呆れた笛地ふえじが強引に椅子に座らせる。


「あんま雑に扱うなよ。いつでも殺せるんだぜ?」


「生蛇くん、あんまり脅かさないでね」


「雑に扱わなければな」


 前に会った時との違いに戸惑いが隠せないのか、角道すどうが両手を持ち上げ何かのポーズをとりながら、距離感を見失っている。


「何? また首でも絞める気か? やり返したら悪いナ」


「だから、生蛇くん!」


「はいはい。それで、何を譲ってほしいんだ?」


 脚を組んで、栖田すたに紅茶を注文する。お代はもらうよ、と栖田が言うが生蛇が首を傾げて笑った。


「起きたら、紅茶一杯分のお金が消えてるって……ホラーだな」


「分かったよ。好きなだけ飲みな」


 どうやら、栖田は戸端に甘いらしい。これは使える、と笑えば隣から手を振り下ろされる。いてーな……低い声が聞こえ、思わず笛地が悲鳴を上げて腕を引いた。だからもう、二人とも……呆れた栖田が角道を呼び寄せ二人の間に座らせた。


「え、僕サンドバッグです?」


「違う違う、緩衝材だよ」


「え、あんま違いが分からないんですけど……」


 玖須くすがスタスタと歩いてきて、笛地の隣に座る。そして端末を開き、また一家惨殺事件の記事ページを開いた。指はゆっくりとしたスピードで画面の上を滑った。


「何、そっちも聞きたいわけ? めんどくせぇな」


「どっからどこまでを目撃して証言したかってことだけだけど」


「全部見てて、全部話した。見てたのは戸端とばで、話したのは俺。警察は戸端が落ち着くのを待った。戸端は落ち着くために俺という人格を生んだ。俺は最初、ただそういう辛いとか痛いとか苦しいとかを引き受けるだけだったんだよ」


 淡々と話しながら時々紅茶をゆっくり飲む。面倒だと言いながらも、話す気はあるらしい。生蛇なだは、重すぎる感情を引き受けるだけで、それを解消していくことは出来なかったらしい。そして、もう一つの人格が生まれたそうだ。

 その人格が、五人の少年たちを殺した。しかし、先ほどの話の通り戸端はそのことを知ってしまった。戸端は悔み、悩み、悲しみ、恐怖した。そして、頭の中から追い出すようにその人格を消してしまった。生蛇はそのタイミングに合わせて、存在を隠しながらその記憶を消すように仕向けた。


「殺して発散することも、それでいて目立たないようにすることも、本人を守るようちゃんと考えながら上手くバランスがとれるのはきっと、俺なんだろうと思う。発散し解消する為に生まれる人格はいつも、そういうことしか考えられないんだ」


 何か軋む音がして、笛地ふえじが視線を下ろせば、拳がきつく握りしめられていた。重たすぎる感情を引き受けただけでなく、色々気を配って均衡を保とうとしていたのだ、彼は。人を殺していたとはいえ、何も思わないわけではない。似たような経験はしていたのだ。むしろ、自分たちより厳しい状況に置かれていたのかもしれない、そう思った。

 辛いとかそういう感情が、人と比べられるものではないことくらい、みんなよく分かっていたが、考えずにはいられなかった。自分が、もしそこにいたら、なんて。


「こっちは限界まで待つ、そっちは何かしらに戸端や俺を巻き込む。それで十分だろ」


「それなんだけど、一つ聞きたいことがあるんだよね」


「なんだよ」

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