01-theft(1)

「子供が殺されてるって本当?」


 人の多い飲み屋、職を失った人の群れに紛れ込んだ、薄い茶髪で背の高いその場に似つかわしくない小奇麗な男。その男は軽薄そうな笑みで情報を吸い取るように口を開き、浴びせるように酒を飲ませた。

 安酒を水で薄めて嵩増しをして飲んでいたような奴らだ。数杯奢ってやれば、面白いほどよく喋った。酔いが回り、呂律が回らなくなっても、口を閉ざすことだけはなかった。

 その場でその男が拾った情報は、四つ。一つ目、ターゲットは罪に問われるような事をした子供。二つ目、犯人は一切自分の情報を残さない。三つ目、毎度踏まれた痕跡のある死体と地面にのばされた血だけが残る。四つ目、犯行は必ず夜遅い時間、人の目のない場所を選んで行われる。


「絶対、栖田すたさんが赦さないよね……」


 そんなことを呟いた後店員に、栖田さんにツケといて、と告げて店を出る。ため息を吐きながらもその足はどこかに向かっていた。

 険しい顔と疲れた顔を行ったり来たりしながら人気のない路地を曲がった。古びた店跡が一階にあるビルを一度見上げると、かつてはバーだったはずのそこへ、雑に扉を開けて滑り込んだ。


笛地ふえじか。お疲れ」


 ハーフアップに茶髪を束ねた中性的な見た目の、これまた背の高い男が、軽く手を挙げて迎え入れる。中は存外きれいで、まだ営んでいそうな内装だった。笛地と呼ばれたその男は、奥から二番目の椅子に座る。脚を組んで肘をつけば、目の前にグラスが置かれた。


「あんまり酔ってなさそうだね。お酒の匂いはするのに」


「酔えなかったんだ。気になる事があってね」


 一気に半分ほど飲み干すと、静かにグラスを置く。んーと唸るように首を傾げた後、カクテルの名前を告げた。飲み終わっていないのにもうおかわり? と笑う栖田に、笛地が顔を歪めた。


「多分、栖田さんが穏やかでいられなくなる話、持ってきたから。先に用意しておいてもらおうかなって」


「なに、それ」


「だから、用意してくれたら話すって」


 カランとグラスの中の氷が鳴る。笛地の視線が、それに反応してグラスに落ちた。今にも泣きそうな表情だった。それを見て、栖田も眉をひそめる。先ほどより手際よく手を動かし、カクテルを仕上げ、音を抑えてグラスを置く。

 そしてどこからか椅子を引っ張ってきて、自分も腰を下ろした。右手で水が入ったグラスも引っ張ってきた。


「ボクが聞いてきたのは、通称『悪ガキ殺し』。他の街なら犯罪になるような事やらかした子供を、ろくに証拠も残さず殺している、殺人鬼の話」


「殺し……しかも子供か……」


 軋む音と水の飛び散る音、ほぼ同時だった。栖田すたの手元や膝が濡れている。どうやら自分に用意したグラスを、握って割ったようだった。握力が強いのか、グラスが薄かったのか。それを見た笛地ふえじは苦笑した。


「栖田さんのグラス、回収しとけばよかったかな」


「うるさいよ。それどころじゃないんだよ」


 分かってるけど、そう言った笛地は二つのグラスを空にすると、カウンターテーブルに手をついて立ち上がる。どうせ明日から動き出すんでしょ、と笑って靴ひもを結び直した。どうやら、もう帰るようだ。


「大した情報拾ってこれなかったし、これは栖田さんの案件でしょ。招集に備えますよ」


「そーね。じゃあ明日、玖須くすを拾って来てくれる?」


「まーた、面倒なことを……ボクばっかりこき使って」


「一番言うこと聞いてくれるから。頼りにしてるよ」


 人使い荒いんだから、そんな文句を呟きながらも、少し表情を和らげたことを確認して扉を重そうに開ける。鈍い音が店内に響いた。

 油差さないとな。なんて言葉を後ろに聞きながら外に出た笛地は、冷たい風に少し震えてから歩き出した。

 季節はもう冬に差し掛かっている。というのに、笛地は周りの人間に比べ、随分と薄着だった。薄手のコートを着ているだけで、秋に取り残されているようにも見えた。そのコートの袖を引っ張って手を温めようと試みているようだが、大した効果はなさそうだった。

 いつもより人とすれ違わないな、そう呟いて家路を急ぐ。確かに、時間や場所を考えても、まだ人がいてもいいように思える。丁度、駅に向かう道の一つなのだ。いつもなら通学や通勤に使われている道だ。

 そろそろ上着出さなきゃかな、なんて今更考えていると、少し離れたところに人が倒れているのを見つけた。灰色の、塊。

 近づいてみれば分かる、顔色の悪い男。細身で童顔のその男は、一見未成年にも見えるが作業服を着ているところを見るに、成人男性なのだろう。

 自分よりは年下だろうと見当をつけたところで、左腕の下に右腕を通して立ち上がる。体はずっしり重いが、男と考えれば軽い方だろう。どこに連れて行こうかと、まともな医者がいないこの街では毎度困る。顔色は悪いが、眠っているだけに見えるその童顔な男を、勝手に飲みすぎだと診断して引きずって歩く。方向は、さっき来た方だ。


「栖田さんに怒られそうだな」


そう笑いながら呟いて、なんとか足を動かした。

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