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大甕 孝良

00-prologue

 十年前、相柄さがらという議員が暗殺された街。その議員は次期総理大臣だと噂されるほどには優秀で、国民からも支持されていた。

 真面目且つ理想の高い相柄議員は、この街の状況改善の為――この街は元々、政府をよく思っていない人間が多く住んでおり、政府も問題視していた――応援演説に訪れたのだが、そこで事件が起こった。政府に反抗する勢力が、演説会の行われている広場で暴動を起こした。そしてそれに乗じて議員の暗殺。たった一日で国が変わってしまったようだった。

 この一日で、この街は国から手を差し伸ばされる最後のチャンスを失ったのだ。そう言われた。街の住人たちは、その意識からも強く逃れたがった。

 様々な国民運動の末、この街に住む積極的な活動家達は全員逮捕された。そして、その上でこの街は見放されたのだ。存在するのに、まるで存在しないかのように扱われるこの街は、すぐに無法地帯へと顔色を変えた。


 国に見捨てられた街、無法地帯と化した街、名すらも無い街。


 そんな街の、人気のない場所に向かい合った影。一方は、ガサガサとビニール袋を鳴らしながら迫る男。真っ黒な格好、左手にはナイフ。もう一方は、小学校高学年くらいだろうか。穴が開いたり、破れたりしているTシャツと短パン姿な上、あちこち擦りむきボロボロになった子供。

 イヤダ、イヤダ。と泣き叫ぶ子供の声が響きだす。しかし、助けが来る様子はない。


「お前が悪いんだってなんでわかんねぇかな」


 乱暴に発せられた男の声に、子供から引き攣るような悲鳴が漏れた。汗に塗れ、足は縺れ、もう助からないことを悟っていながら、身体はどうしてもそこから逃れたがった。迫りくる男から逃げるように身体を捩るが、あまり効果はなさそうだった。

 布と身体が切られる音、血が飛び地に落ちる音。それを追うようにまたビニール袋の擦れる音がした。

 ドサリ、と倒れて、もう動くことはなかった。男はソレを足で道の端に寄せた。そして抉るように踏み潰す。


「せいぜい、後悔でもしてろよ、悪ガキ」


 血を地面にのばすように足元を拭う。男は口角を上げ、静かに笑った。

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