01-theft(2)
翌朝、バーの二階――
「だから、なんでウチなの?」
「だってボクん家、アパートの二階だよ? 一人で男担いで上がれないじゃん」
「病院につれていきなよ」
「ヤブ医者と闇医者しかいないっての。何されるか分かんないオアぼったくり、ただの酔っ払いでそんなの嫌でしょ」
興奮気味の二人、の奥に件の酔っ払い(
「体調、どう?」
「怠いですが……なんとか」
男が窓の方に視線をやると、もう日が出てきていた。一体二人は何時間言い争っていたのだろう。
なんで、あんなところにいたの。笛地の質問に男は首を傾げた。僕、どこにいましたか。そう質問を返した男に、二人は顔を見合わせると、更に質問攻めにした。そこで分かったのは、昨日の夜は酒も飲まずに布団に入った記憶しかないということ。何があったのか、三人揃って首を傾げた。
男がふと、視線を下ろした先にあった左手首の腕時計を見て、顔色を変えた。
「すみませんでした。お世話になりました。ありがとうございました」
早口でそう告げて店を出ようとする。え、ちょっと、何があったの。かかる声には仕事ですすみません、と一息で告げてあわただしく出ていく。仕事してるなんて偉いじゃん、と呑気に呟く
「名前聞くの忘れちゃった」
「また会えるでしょ、この街狭いんだから」
「それもそうか」
呑気に会話をしながら、テーブルと椅子を引きずってきて一ヵ所にまとめ始めた。鈍い音が響いてもお構いなしに引っ張ってくる笛地を見て、栖田が顔を顰めるが見て見ぬフリをしている。なんとなくテーブルを中心に椅子がそれを囲むように並べて、座る。
するとそのタイミングで、ドアの軋んだ音がした。
何人かの男女が入ってくる。厳つい男、黒髪長髪の大きなマスクをつけた女の子、つり目の男を引きずっている青い髪のイケメンに、ボーイッシュな女性、金髪の男にポニーテールの女。全部で七人いた。
みんなで来たんだーと笛地が口にすれば、青い髪のイケメンがすかさず睨みつけた。力が入ったのか、引きずられている男が呻き声を上げる。
「笛地さんが来ないから、大変だったんです、よ。この人引っ張り出すの」
「それはそれは。それより、
「あ、すみません。クセで無意識に」
パッと手を放せば、再び呻き声を上げながら床に音を立てて倒れこんだ。痩せて、色の白い玖須は力を失ったように倒れたままだ。それを呆れた目で見ていたポニーテールの女性が、栖田の方を見て口を開く。
「で、なんで集められたの?」
「
「その呼び方は初めて聞いたけど……確かに、最近子供の遺体がよく見つかってるって話はよく聞く」
そう言うと、依砂は内ポケットから手帳を取り出した。それに挟んであった写真を何枚か取り出して差し出した。
「
市警は――この街特有の警察のような組織で、旧警察法によって設置されていたものとよく似ている仕組みということになっている――無法地帯と言われているくらいだ、ろくに機能していない。しかし、彼女に限ってはしっかり仕事をしているように見える。
彼女から写真を受け取った
その写真を至近距離で確認してみるが、確かに証拠らしきものは残ってそうになかった。その中で、分かっているのは犯人の利き手がおそらく左であるということだけらしい。まだ、他の街なら肉眼には見つけられない証拠が出てくるのかもしれないが、この街にいるまともな捜査官など、ほんのわずかしかいない。その上、他の街はこの街とは関わりたがらない。つまり、肉眼では確認できない証拠の数々は、見落とされ続けるのだ。
それは当然かとこの街に慣れた栖田は受け入れつつも、頼る先がないのは痛かった。
「業者をあたってみる?」
そう聞いた声には、まあ一応と小さい声で返事がある。あまり意味のないことだということが、きっと簡単に予想できてしまうのだろう。業者というのはただの死体片付け屋だ。どこからか裏で金を貰い、死体を片す。業者を当たって、身元でも分かれば運がよかったと考えられる。その程度のものだ。
いつの間にか起き上がっていた玖須が椅子に座り、厳つい男に向けて手を差し出している。それにやっと気づいた男がカバンの中から端末を取り出した。それを受け取って起動させる。素早い動きで、いくつかのウィンドウを開き栖田に向けた。
「あー、監視カメラか」
しかし、そこには黒い影しか映らず顔が分からない。また、動きが速いのか、特徴を何一つ入手出来なかった。監視カメラの場所と向きを把握しているのか、と誰かが呟く。
「やっぱ、地道にパトロールじゃない? その犯人、目撃情報がないってことは人がいるところではやらないってことでしょ? まったく意味がないってことはないと思う」
「そういえば」
みんなに文句を言われていた笛地が、急に何かを思い出して栖田の方を見る。何、と首を傾げれば、夜拾ってきたやつが何か見てないかな、と言い出した。それを聞いて栖田は記憶をたどるように思い返してみる。でも確か、自分がどこにいたかも覚えていなかったのではなかったろうか。それをそのまま伝えれば、どうやら笛地はあの男のことを記憶喪失者の類だと思い込んだらしい。
そんな単純な話だとは思えないけれど、口の中で呟くと、心配そうな目をした依砂が目に入る。大丈夫だよ、と口の動きで伝えれば、それでも心配そうにしながらゆっくり頷いた。
「じゃあ、今晩からパトロールするから、参加できるならしてね」
栖田がそう言えば、みんな嫌そうな顔をしながらも確かに頷いた。みんな、いや、
栖田のかいさーんという声に反応した面々が腰を上げる。しかし、玖須と依砂は座ったままだった。それを見て、笛地ももう一度椅子に座る。
「仕事はいいの?」
「ボク? まあ、今日は依頼入ってないから。それに気になるし」
「私も笛地も寝てないから、寝るべきだってことは分かってんだけど、寝れないよねぇ」
どうやらあの言い争いは一晩中やっていたらしい。よくある事なのか、依砂は少し呆れた顔で二人を見ていた。栖田の声を合図に立ち上がった者達はあっという間に、帰ってしまっていた。
三人のことは気にせず、作業を続けていた玖須が首を捻りながら唸る。画面にはこの街で流行っているSNSが映し出されている。検索内容は、『死んだ街 子供 殺害』だ。『死んだ街』というのは名を持たないこの街の通称みたいなもので、中の人間も外の人間も大体そう呼んでいた。
「やっぱり無いな……」
まるで都市伝説みたいな噂はいっぱい出回っているが、目撃情報などの有益な情報はないようだ。男なのか女なのかも分からない謎めいた犯人に、人間ではない説まで出ていた。それはあり得ないだろうが、それ以上に問題なのは犯人を支持する層が一定数存在するという事だ。犯罪者ならば、殺してもいい。殺した方がいい。そういう意見は多い。
イライラを隠すことなく端末を操作すると、今度は裏掲示板を開いた。しかし、そこも同じようなものだった。
「情報は得られてないみたいだね」
「とりあえず、映像分析して背格好くらいは特定したいね……」
小さな声でボソボソと
「なんで、子供を狙うんだろうね……」
「もしかしたら、ボク達と変わんない理由かもしれないね、勿論やり方は間違ってるけど」
「私達のやり方だって間違ってるよ」
彼らは、正義の味方になれなかった、悪の敵なのだ。
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