罪深く、許しがたきは(2)
だけど一番罪深いのは、こうやって何人もの神官を誑かしてきたことだ、とレナルドは思う。
ソワレは神官たちを気にかけていた。
特に、新入りの神官たちはソワレの目に留まりやすい。神々が曲がりなりにも気に掛ける聖女たちよりも、すでに神殿に馴染んだ神官たちよりも、不安定で傷つきやすい新入りの見習いたちが、きっとソワレには心配だったのだろう。
彼女はよく見習いたちの前に姿を見せた。声をかけ、話を聞き、必要であれば彼らの穢れの一部を引き受けた。
おかげで、ソワレに手玉に取られた神官がこの神殿には山ほどいる。
今でこそ聖女アマルダがその手の神官たちを一手に引き付けているが、少し前まではひどいものだ。
まだ子供の時分、親元を離れたばかり、初めての社会の理不尽に打ちのめされ、傷ついたところで出会った年上の女神。とんでもなく顔が良くて、子供ならぎくりとするくらいに露出した服装で、優しい声をかけ、あまつさえ直接手を握る。しかもそれで、確実に心が軽くなる。
少年にはあまりにも毒だ。なんなら、少数の見習い女神官の少女にも毒だった。ソワレは節操がないものだから、手当たり次第に手を出して回り、途中で淘汰されるべき人間たちまで奮起させてしまった。
毒牙にかかった誰も彼もが『自分こそは』とソワレを救うために神殿に残った。
ソワレの言い方が悪いものだから、誰もが『自分だけは』とうぬぼれた。
自分にも覚えのある感情に、レナルドはいたたまれない気持ちになる。
ばかばかしい勘違いだ。ソワレは一人を愛する人間ではなく、多くを愛する神なのだ。彼女の愛情はあくまで庇護欲であって、子を等しく愛する母の感情に近い。
それだから、見習いたちが成長するにつれ一人一人と離れていく。
母から独立する子供のように、と言えば聞こえはいいが、要するに諦めだ。意地を張って神殿に居残るうちに神殿に染まり、神殿に慣れ、それが当たり前になっていく。
自分ひとりの力ではどうしようもない。今さら救いようがない。神殿で生き抜くには仕方ない。
ソワレに助けられたのは自分だけではない。どうせ自分は、数多いるうちの一人に過ぎない。その他大勢の一人がいなくなったところで変わりない。
ソワレだって、別に救われたくて幼い自分に手を差し伸べたわけではないはずだ――と。
――まあ、実際そうだろうよ。
ソワレは神だ。博愛の精神にのっとって、誰も彼もに手を差し伸べながら、自分への見返りは求めない。
手を差し伸べた人間一人一人を覚えているくせに、彼らが去って行っても追いもしない。神殿にすっかり染まった連中を見ても、『上手くやっていけているならそれでいい』と思っているのだ。
腹が立つ。
〇
腹が立ったから、いつだったかそれを直接告げたことがある。
すでにソワレに誑かされた後。まだまだ見習いの時だったはずだ。
どうしてなにも言わない。どうして不満に思わない。
どうして、こんな噂まで流されて、平気な顔をしているんだ、と。
「いいよ別に。悪女、かっこいいしね」
ソワレの噂の出どころは、要するに彼女に救われた神官たちだ。
はじめから悪意があったかどうかは、レナルドが神殿に入ったころにはすでに出回っていたのでわからない。もしかしたら最初は、単にソワレが新入り神官を助けて回っている、というだけの話だったのかもしれない。
だが、悪意形成されていった過程は想像できる。
自分だけだと思っていた女神の慈悲が、他にも与えられていたこと。それに裏切りを感じたこと。自分は特別ではなかったのだという失望。
その感情は、レナルドも理解する。実際にレナルドも落胆したし、思い知った。この女神にとって自分は、守ってやるべき小さな子供に過ぎない。人の心を弄んで、なんて悪女だと実際に思った。
だから、これだけであればレナルドも腹は立てなかった。
だけどこの噂には、もっと姑息で卑怯な『悪意』がある。
それは『逃げ』だ。『言い訳』だ。
ソワレは人の心を弄んでいるだけだ。手玉で転がされただけだ。だから仕方ない。だから悪くない。だから助ける必要はない。
そう思うことで、自分を誤魔化している。噂を共有することで、自分以外の人間とも誤魔化しあっている。
ただ自分が安心するためだけに、自分を救った女神を貶めているのだ。
「それで気が晴れるなら、別によくない?」
よくない!
咄嗟に声が出る。怒り任せに言葉が吐き出される。
だったらなんで救うんだ。
なんで人間のためにそこまでするんだよ。
「…………好きだから、かなあ。なんでだろ、嫌いになれないんだよね、人間」
嫌いになれない。それだけ?
それだけのために、そんなに弱ってまで人間を助けるのか?
「だって神様だもん。好きなことを好きにやっているの。助けてあげられるから、助けてあげたいだけ」
なんだよ、それ。
なんだよそれ。
だったら、だって、それじゃあ誰が。
誰がお前を救うんだよ…………。
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