第8話
「お風呂、邪魔してすみません……」
「悪気はなかったならいいよ」
レネの謝罪に、柔らかく俺は返す。
諸々の事……風呂や夕飯を終え、寝る頃。
「いっしょに寝なくて大丈夫ですか……? 私はかまいませんよ?」
「大丈夫だ。気にせず寝てくれ」
レネには俺の部屋にあるベッドで寝てもらう。
俺はリビングのソファーで寝る。
「妻と添い寝ですよ……? したくありません?」
レネ上目遣いで瞳を潤ませる。
「妻じゃない。とにかくおやすみ。戸締まりはしっかりしとけよ」
「むぅ……おやすみなさい」
むくれながらもしぶしぶレネは了承してくれた。
さてと……。
俺は出かける準備をする。
どこ行くんだって?
決まってる。猫のところだ。
昼はいなかったが夜はいる。
というか、俺が煮干しをあげているからか。
自然とこの時間帯に猫たちは集まるようになっていた。
レネには悪いが一人で行く。
てなわけで路地裏。
十年も経てばあの頃の猫はすでにいない。
来るのはその子ども。
俺の知らないところで生まれていたらしい。
ある日、母猫が煮干しだけをとってすぐに帰っていった。
いつもは遊んでから帰るのに……。
それが何日も続いた。
不思議に思って、母猫のあとをつけると。
そこには三匹の子猫が。
猫にいうのもなんだが、教えてくれればいいのにと思ってしまった。
そこから度々、子猫たちのもとに赴いた。
それ以来、俺に懐いているのだろうか。
猫にとっても俺にとっても集会みたいになった。
「にゃー」
俺がぼーっと回想していたからか。
かわいらしい鳴き声をあげ、煮干しを求める猫たち。
なかには俺の服に爪をたて、登ってくる子もいる。かわいい。
右の子に煮干しをあげる。
すると今度は左から。
お、今日は積極的な子がっていうかこれなんか覚えあるな。
恐る恐る振り向くと。
ブロンド長髪の男が。
ランタンを頭に乗せて、高々と叫ぶ。
「やぁサランくん! 僕にもその煮干し、くれないかなぁ?」
*
いきなり両親を亡くした俺は途方に暮れた。
この先、どうやって生きていこうかと。
十三歳の子どもに、なにができるのだろうか。
家で一人、悩んでいると。
勢いよく扉を開ける音が。
「あっははははは! でてこいサランくん!」
ブロンドの長髪をたなびかせ、ずかずかと俺の家にあがる少年。
「……ここにいる」
「おー! そこにいたのかぁ」
こいつの名前はユリウス。一応、言っておくが確実な男。
男の俺でも見惚れるぐらいの美形。
サファイアのような瞳。
腰まで伸ばし、ウェーブがかったブロンドヘアー。
そんなユリウスはニッコニコな笑顔で言う。
「これから、どうするんだい?」
不気味な笑顔ともとれる。
驚くことにこれがユリウスとの出会いである。
初対面でこれとか正直引いた。
俺はそっけなく答えた。
「……知るか」
彼はそんな態度をまったく気にしなかった。
「いいねぇ! 店主はそうでなきゃ!」
「……は?」
「決めた! サランくんのお店、手伝ってあげよう!」
そんな出会いから、友人という関係はなんと十二年も続いた――。
ユリウスは現在、二十七歳だ。二つ年上。
十二年前と見た目はさほど変わらない。
ちょっと大人っぽくなったとは思うが。
「おいしいねぇ! この煮干し!」
俺が持ってきた煮干しを、ユリウスは大人げなく頬張る。あれたいして味しないはずなんだが……。
「あ、この猫! その煮干しは僕のだ! 返せ!」
猫と煮干しの奪い合いをしている。
一応二つ上の二十七歳。
そう信じたい。
「あっははははは! 猫の分際で勝てると思ったかぁ!? サランくんがつくった煮干しは僕のぶぎゃ」
「なに猫いじめてんだおまえ……」
ユリウスの頭をごつく。
猫相手にマウントをとるユリウス。
年上だろうとそんなやつに、いつの間にか敬意など示さなくなっていた。
「ふ……ふふ。殴られても幸せさ……」
「うわぁ……」
頭をさすりながらも、爽やかな笑顔を崩さないユリウス。
昔っからこんなやつだ。
「てか……なんでここにいるんだよ」
「いやーかわいいガールたちに会いにいこうとしてたんだけどー。サランくんがこの路地に入ってくのが見えてさー」
「それでおまえもついてきたのか……」
「そーそーあっはっは」
ユリウスがカラカラと笑う。
「また女と遊んでたのかおまえ……いつも遊んでない?」
「サランくんに言われたくないよー」
「なんでだ」
「週五ぐらいのペースでここに来ているじゃないかー」
「おまえは週七で歓楽街に行っているじゃねーか」
「サランくんは猫と戯れ、僕は美女と戯れる。そこになんの違いもない」
なに真顔で言ってんだこいつ……。
「浮気とか……すんなよ」
「大丈夫! 今はしていない」
「過去に修羅場になったんだからやめろよ……」
ユリウスが原因で昔、修羅場に俺は遭遇した。
女性同士が殴り合うのは見てて恐怖。
「ふ……修羅場ぐらい、どうってことないさ……」
ふっと静かに笑うユリウス。
多分、俺が知らないところで何度か修羅場に遭遇しているのだろう。
「はぁ……まぁほどほどにな」
俺は嘆息し、立ち上がる。
「ん? もう帰るのかい?」
「あぁ」
「せっかくだから、このまま僕といっしょに遊びにいかない?」
「断る。ロクな事にならん」
「真面目だなー。そんなんだから、二十五になっても恋愛経験がないんだよー?」
呆れたようにユリウスが言う。
俺はこの年になってもまだ誰とも付き合ったことがない。
「べ、別にいいだろ。じゃあな」
「そうかい。では、また」
変人に手を振られながら、俺は帰路についた。
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