第7話

 なんでそうなる……。

 家に着き、ふと思う。


 いやあいつ男でしょ……。

 なんだよ『愛しの妻です』って……。

 あれもう暗示の類いだと思う。


 家に着いた俺たち。

 レネにはこの家から出ないように、おとなしくしているように言っておいた。


 俺が今いるのは風呂。湯船に入浴中。

 さっき汚れたのできれいにしている。


 風呂は基本、北街ではほとんど見ない。

 貴族はほぼ全員所持しているが。

 高価なうえに、維持費もかかる。

 それでも我が家にある理由。


 母が、風呂好きだったからだ。


 そのせいか、俺も風呂が好きになってしまった。

 暖かくて落ち着くし、さっぱりする。


 落ち着き、ふと思う。

 レネ、どうしようか……。


 さすがに家に置いておくのはマズイよな……。

 というか親御さん、心配してないのだろうか。


 なんか黙って出てきた感じがするし。

 とりあえず一晩泊めて、明日帰ってもらおう。


 湯船に背を預け、目元に暖めたタオルをかける。

 なんだかこれが落ち着く。

 そのまま数分、ぼーっとしていると。


 コン。


 ん? ……なんか、窓を叩くような音が。

 ちょっと気になったので窓の方を見る。

 東側に窓、西側に入り口といった風呂場。

 風通しがよいので換気がしやすい。


 立ち上がり、窓を開ける。

 夜風が気持ちよいかと思いきや。

 暖まった体にはすこし冷えた。


 というか誰もいない。

 変ないたずらだったな。

 俺は納得する。


 今度は背後、扉が開く音が。

 まさか、いたずら犯が真正面から……!?

 そう危惧し、俺は振り返ると。


「お邪魔します!」


 そこには礼儀正しいいたずら犯……ではなく。

 レネがいた。

 全裸の。


「……隠せ」

「タオル……? どこをですか?」


 わざとやっているのかこいつ。

 俺は目線をそらしながらレネにタオルを手渡す。


「てか……なんで入ってきたんだ」

「今日のお礼です!」

「お礼……?」

「はい! いっしょに鞄を探してくれたり、ご飯もいただけたり……そのお礼です!」


 飯はまだ食べてない。この後つくる予定だけど。

 しっかりと恩を返すあたり、良い教育をうけたのだなと思う。

 ただ……。


「これお礼……?」


 風呂に乱入してくるのがお礼ならまぁまぁ厄介なのだが。


「ふふん! いろんな人に、惚れさせ……相手に恩を返す方法はたくさん教えてもらいました!」


 ない胸を張るレネ。

 いまなんか言いかけたような。


「その返す方法が……これ?」

「はい! お背中を流してあげるとよいと! そして体を密着させ、そのまま……」


 レネの親御さん、教育間違えてるでしょこれ。

 いまからやること全部暴露しちゃってるし。


「ささ! 湯船から出てください!」

「ちょ、わかったわかった近い近い」


 端整な顔立ちが目の前に。

 同性なのにみょうに気恥ずかしい。


 置いてある椅子に座らされた。

 後ろでレネが、石けんを泡立ている。

 背中流すとか何年ぶりだろうか……。

 父と昔、やったことはある。

 五歳ぐらいのだったから、記憶はおぼろげ。

 多少騒いで、母に怒られ、でも楽しかった。


「洗いますよー」


 回想に浸っていると。

 レネが宣言。

 そしてそのまま泡が……。

 頭上に。


「なんで頭から……」


 頭をわしゃわしゃ洗われている。


「あ! すみません……私いつも、真っ先に髪から洗っているので……」

「別にいいけど……レネの家にも、風呂があるのか? 大きい?」


 レネはやめず、俺の髪を洗う。


「ありますよ。サランの家ぐらいの広さです」

「広すぎない……?」


 俺の家は半分が店に使われている。

 もう半分は同じ広さの部屋が二つ。

 一部屋に一人用のベッドを三つ置くのが限界の広さ。


 それぐらいの広さって……。


「なにぶんメイドさんとか使用人がたくさんいますからねー。広くないとみんな入れませんよ」


 メイドさんとかたくさんいるのか……。

 いまごろレネの家、大騒ぎじゃないのだろうか。

 娘……じゃない、息子が一人消えたのだから。

 総出で探していたり……。


「ふふん……」


 急に、しなだれるようにレネが抱きついてきた。

 左からレネが顔を覗かせる。


「なんのまねだ……ってほんとにやるのか」


 さっき言ってた密着うんぬんをほんとに実行している。


「どうです? 結婚したくなりました?」


 レネの吐息が耳にあたり、くすぐったい。

 気恥ずかしさを覚えつつも俺は返答する。


「短絡的すぎるだろ……というかこっからどうするんだ?」


 ちょっと言い返してみる。


「あー……」


 レネはぽつりと言い、みるみる顔が赤くなる。

 え、ほんとなにをする気なの……?


「えーっと……し、失礼しましたー!」


 レネはそのまま出て行ってしまった。


 ぽつんと。

 頭泡だらけの男が一人、取り残された。


「な、なんだったんだ……」


 呆気にとられる。

 けれど。

 すこしだけ、楽しかった。

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