第5話

「私は男ですよ?」


 平然というレネ。

 俺はそれに対して。


「いやなに言ってんだ。レネはどこからどう見ても女の子だろ」


 そこらにいる女性よりもかわいいと言えるほどだ。

 それが男だなんて。

 あるわけが――。


「男ですよ。ほら」

「わぁぁぁぁぁ!?」


 信じてもらうためだろうか。

 スカートをたくし上げ、その中を俺に見せてこようと……。

 純白の……。

 慌てて俺はスカートを抑えてあげる。

 見てない見てない見てない。


「ね?」

「ね? じゃない。見てないし……え、ほんとに……?」

「ほんとですよ。なんなら生で……」

「わかった信じる。からやめてくれ」


 店先でやらないでほしい。

 客が来たら相当マズイ。


「なんで、そんな恰好を?」

「サランが言ったじゃないですか。『みんながあっと驚くほどの美人な女性になって』って」

「あー……」


 言ったような気がする。

 あの時は女の子だと思ってたから……。


「でもこれで同棲ができますね!」


 満面の笑みで喜ぶレネ。

 俺はといえば未だに男なのかと疑う。


 ぱっと見、男性的な所はなにも感じない。

 声や容姿、身振り。どれをとっても。

 むしろ女性ですと言われた方が受け入れやすいほど。

 うーん……。

 一旦、その考えを振り払う。また後にしよう。


「んじゃ準備するか……いつ頃ここに」

「今日からで」

「早くない? 荷物とか」

「荷物はもうあります」

「どこに?」

「外です」


 店の外に行くレネ。

 というか端からここに住む気まんまんじゃん……。


 あ、帰ってきた。

 手には……なにもない。


「荷物は?」

「ないです……」

「え」

「荷物がないです……」


 青ざめた顔で、レネは言った。



 *



「なんで外に置いといたんだ……」

「自然体で気づいてもらいたくて……」


 申し訳なさそうに話すレネ。

 レネの鞄が盗まれた。

 話に聞けば、大きめの鞄らしい。

 身長百五十ほどのレネ。それと同じぐらいの大きさ。

 たしかに、そんなでかいもの背負った客が来たらちょっと驚く。


 とりあえず街の中を歩き探す。

 ここらへんの治安はあまり良くない。

 今のように盗難だったり、喧嘩もよく見る。


 なので、できるかぎり自衛するものなのだが……。


「レネは、どこに住んでいるんだ?」

「サランの家です」

「違う。親と一緒に住んでいた家があるだろ?」

「……なら、あっちです」


 南の方を指さすレネ。

 高く居座る豪奢な城。

 南にある、通称貴族街だろう。

 円を描くようにつくられたこの国。

 その南側には貴族が住んでいる。


 となるとレネは貴族ということになる。

 貴族街は警察の警備が厳重。

 そのため治安も良く、こことは正反対。

 盗難等に慣れていなくてもおかしくはない。


「とりあえず、そこらへんのやつに聞いてみるか……」


 あまり教えてくれるとは思わないが。


「すみません! これくらいの鞄、知りませんか?」

「行動力の化身……」


 俺は感心しつつも呆れもある。

 俺の呟きを聞いたのか。

 レネがさっそく行動に移していた。

 四十代ぐらいの婦人。

 その女性に身振り手振りで鞄の大きさを示す。


「さぁ……知らないわね……」

「そうですか……知らないらしいですサラン!」

「わかったから……静かに……」

「おばさんもありがとうございました!」

「い、いえ。それじゃあ……」


 そそくさと婦人は去って行く。


「なんかサランを見るなりすぐ帰って行きましたね」

「……そうだな。ほら探しに行くぞ」

「はい!」


 レネは聞き込みをしながら探した。

 数分後。


「あれ……」


 近くにレネがいない。

 どこ行ったんだあいつ。


「わー! 美味しそうですね!」

「だろう! お嬢ちゃん! 一つ三万マルでどうよ!」


 レネの声が。

 見れば、どこぞの店の前に。

 声をかけられたのかレネは気前の良さそうな店主と話していた。

 売っているのは果物だ。いたって普通の。

 しかし値段設定がおかしい。まともなところなら三百マルで買える。ちなみにマルとはこの国の通貨単位。

 そんなぼったくり店主に対しレネは。


「買います!」


 意気揚々と購入宣言をしていた。


「バカ言ってんじゃねぇ!? 第一おまえ金ないだろ!」

「あ! そうでした! すみませんまた来ます!」


 慌てて止めに入る。店主は驚いた顔をしている。

 レネの手を引っ張り、店から遠ざける。


「次からだまされんようにな……」

「……?」

「そんな『どうして?』みたいな顔すんな……。どう考えてもレネはだまされかけていたんだぞ……」

「ええっ!? そうなんですか!?」


 気づいてなかったのか……。


「どう考えても高いだろあれは」

「え……私がいた所では、よく見る額でしたけど……」


 そういやレネは貴族だった。

 そうなるとここ、北街とじゃ相場が全く違うだろう。

 というか貴族、北街よりも百倍の値段設定が普通なのか……。

 あの店主も百倍で売れると思ったのもすごいが。


「とにかく、俺のそばを離れるなよ」

「え……じゃあ、遠慮無く」


 俺が呆れ半分で言うと。

 レネは俺にピッタリとくっつく。

 腕を抱きしめるように。


 顔をうつむかせ、俺となかなか目を合わせない。

 艶やかな髪からのぞく耳が、朱色に染まっている。


 ま、まぁいいか……。離れないようにと言ったし。

 そのまま街の道を進む。


 なんで無言なんだ……。

 というかこいつ器用だな。俺の腕に抱きつくようにピッタリくっついているのに、平然と歩いている。

 頬ずりまでしてい……。


「なにやってんだおまえ!」

「わわわわわ」


 引き剥がすように、腕を振る俺。

 意地でも離したくないのかしがみつくレネ。


「なんで頬ずりしてんだ」

「この際、堪能しておこうかと…」


 堂々としてて逆に感心すら覚える。


「あ!」

「今度はなんだ……?」


 どこかを指さすレネ。

 呆れながらも聞くと。


「私の荷物!」

「な!?」


 驚く俺は、レネの指さす方向を見る。

 雑踏の中。

 俺たちと目が合うと、そそくさと逃げ出す人物が。


「追うぞ!」

「はい!」


 その人物を追いかけようと――。


「……走るんだから離れろ」

「えー」


 俺はすこし強めに言う。

 走ろうとしてもくっついてくるレネ。

 渋々レネは離れる。


「ほら早く行くぞ」


 そう言い、俺は手を差し伸べる。

 レネは驚き、目を見開く。

 そして。


「うん!」


 ぎゅっと俺の手を握った。

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