第3話
そして十年後。
俺は二十五歳となった。
今でもなんとか仕立屋を経営している。
周りの評判はたいして変わっていない。
依然、俺の評価はみょうに悪い。
鋭い目つきに短く切りそろえた黒髪。
見た目は大して変わってなく、背がすこし伸びた。
最近、国の方も雲行きが怪しいし。
詳しくは知らないので今日も一庶民として頑張っていく。
時刻は九時。開店。
店の隅にあるカウンターで座って待つ。
数分後、店の扉が開かれた。
「いらっしゃいませー」
そう挨拶する。
……ここらへんでは見ない顔だな。
美麗……というより可憐な女性だと思う。
腰まで伸ばした亜麻色のつややかな髪。
あどけなさが残る容姿。薄茶色の瞳。
藍色を基調とし、白を差し色。
フリルをあしらった膝上あたりまであるスカート。
珍しいな……。
このへんにあのような豪奢な服を着ている者はいない。
着れるのは主に貴族だけだ。
この国には貴族と庶民がいる。俺は庶民。
貴族は権力等、様々な面において庶民より上である。
貴族が俺に店をたためと言えばその日で店じまい。
死ねと言われれば死ななければならない。
そんな関係。住む地域だって分けられている。
貴族様がこんな店に何のようかは知らない。
けれども粗相のないようにしなければ。
そんな希有なお客を横目に、新聞を観覧。
とりあえず努めていつも通りに振る舞う。
最近の新聞は麻薬の密売とか乱用とか暗い話が多い。
もっと猫について書いてくれないだろうか。
そう思っていると、さきほどのお客さんが俺の方へ。
お会計だろうか。
近くで見ると、その可憐さが際立つ。
今までの人生で一番といえるほどの女性。
そろそろ俺も結婚とか考えた方がよいのだろうか……。
二十五だし焦る必要は……いやでもなー……。
そんなことを考えながら会計。
その女性が購入した物は、着ている藍色の服とは正反対。
深紅色の毛糸玉だった。
……? これならこの店以外でもあるはずだけど……。
まぁ買ってくれるのならありがたいか。
代金を受け取り、お釣りを返す。
「ありがとうございました」と礼を返し、これで会計は終了。
新聞の続きでも読むかな――と思うと。
さきほどのお客さんがその場に立ちつくし、こちらを見据えている。
薄茶色の瞳からはかすかな悲哀を感じる。
……なにか粗相をしてしまっただろうか。
「あの……なにか……?」
おずおずと俺が尋ねる。
その女性はゆっくりと返した。
「……覚えて、いませんか?」
それに対し俺は、全力で考えを巡らせる。
…………。
しかし、まったく思い出せない。
それを察したのか、女性は嘆息する。
「覚えて、いないようですね……」
うつむき、女性は悲嘆に暮れる。
全身からどっと冷や汗が出る感覚。
マズイ気がする。
しかしどうすることもできない。
まさか殺されたり……。
そんな最悪の結末を考えていると。
「レネ」
「え……」
「私はレネです。思い出しましたか? 十年前のこと」
その名を聞くと同時、俺に稲妻が落ちたような衝撃。
あの時の……!
「ほ、ほんとにあの時の、レネなのか?」
「はい。約束どおり、十年後に来ました」
そう言って、花が咲くようにレネは微笑んだ。
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