第2話

 そして今に至る。

 一言、『あなたは運命の人です』と告げた少女。

 少女は俺の隣に座った。


 それから二、三十分ほどだろうか。

 なぜかずっと、俺の腕にくっついている。

 猫たちは各々、丸くなって寝ている。


 傍から見れば、猫と少女を侍らせた青年だろう。



「な、なぁ……」

「はい」


 気まずさに耐えかね、俺は話しかける。

 それに対し、俺の腕に抱きついたまま真摯に応じる少女。


「なんで、外に?」


 こんな遅い時間に、子ども一人。

 なにか事情等があるのでは、そう思い聞いた。


「…………」


 ……無言。伝わってなかったのだろうか。

 遠回りになるが、すこし質問を変えてみよう。


「なんで、こんな路地裏に?」

「……あれです」


 少女はある方向に指をさす。

 見れば、猫たちが遊んでボロボロになった真紅色の毛糸玉が。


「毛糸玉? これがどうしたの?」


 俺の言葉を聞き、少女は闇の中でもわかるほど頬を赤らめる。


「あなたが、わたしの運命の人だからです」

「さっきも言ってたね。どういう意味?」


 さらに頬を赤める少女。

 しかし努めて冷静に。


「絵本を、読みました」


 子どもの時なら、誰しもが一冊は読んだことがあるだろう。

 少女は続ける。


「運命の人をさがす、お姫様のおはなしでした」


 亜麻色のショートヘアをうきうきと揺らし、少女は続ける。


「運命の人とは、赤い糸でむすばれている……と読みました」


 ……ちょっとわかった。

 絵本の内容はお姫様が運命の人を探す冒険話。俺も読んだことがある。

 最後にお姫様は運命の人を見つけ、結婚。


『私達は、運命の赤い糸で結ばれていたのね』


 感動的なセリフ。それと同時に、物語は幕を下ろす。


 そして俺が赤い糸……真紅色の毛糸玉を引いていた時だろう。

 この少女がその糸を見つけ、ついていくと。

 俺がいたのだろう。

 そして運命の人と勘違いしてしまった。


 ほんとにそんなことあるのかと思う。

 物理的な運命の赤い糸だが。

 しかしこの子は五歳。絵本の影響で白馬の王子様を求めていてもおかしくはない。


 そうなると、できるだけ夢を壊さないように。

 やんわりと断ろう。


「というわけでけっこんしてください」


 早急すぎる。


「いい話だよね。でもキミはまだ五歳なんだろう? まだ結婚とかできないよ」


 自分なりにやんわりと断ったつもり。

 しかし、少女は薄茶色の瞳を睨ませる。


「いやです。あなたはわたしの運命の人です。けっこんしなさい」


 それもう強要してるから運命もなにもないのでは。

 ぎゅっと、俺の腕にしがみつく力を強める。

 どうしたものか……。

 俺は明日も仕事がある。

 この子にとっても早めに家へかえした方が良いだろう。


「キミ、名前は?」


 今更だが、名前を聞いていなかった。

「レ……ネ……? です」


 なんで疑問形……。

 レネというのだろうか。

 まだ自身の名前を覚えていない……のかな。

 五歳なら覚えていなくても不思議では……ない?


「あなたはなんというなまえですか?」


 そう考えていると、レネが名前を聞いてきた。

 一応、名前を教えてくれたのでこちらも言うのが礼儀だろう。


「俺はサランだ」

「サラン……けっこんありがとうございます」

「どうしてそうなる」


 互いに名前を知ったら結婚とかすごい世界だな。

 俺の返答に対し、レネは頬を膨らませ。


「……じゃあ、どうすればけっこんしてくれますか」


 ……お、そうきたか。

 ここで無理難題を出して、おとなしくおうちに帰ってもらおう。

 ……あまり俺と関わるのも、良くないだろうし。


「そうだな……みんながあっと驚くほどの美人な女性になって……」

「えっ……」


 すこし驚くレネを気にせず、俺は続ける。


「それとだな……あとは家事もできるようになって……」


 俺は思いつく限りをつくす。


「……あとは年齢かな。だいたい十年後ぐらい。そうすれば、満足に結婚できる年齢だと思う」


 世間的にギリギリな気もするが。俺そのとき二十五歳だし。

 ……まぁ、十年後も覚えているとかはないだろう。


「……なるほど」


 呟き、レネは満足したような表情を浮かべる。

「では……」

「ん?」


 レネが小指を差し向ける。


「約束です。ぜったいに忘れないでください」


 なるほど。ひさしぶりにやるな、それ。

 ゆびきりをし、俺たちは約束する。


「ありがとうございます。がんばります」

「おう、頑張れ」


 ペコッとお辞儀をし、路地から出ていくレネ。

 よかった。諦めがついたようだ。

 俺は安堵する。


 大通りへ出る直前、レネは振り向き、言った。


「十年後、よろしくおねがいしますね」


 駆けていくレネを横目に俺も帰り支度を始める。


 そして俺は十年後。

 自身の言葉の選択を恨むのだった

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