結婚を約束した子は男の娘……!?
えまま
第1話
どうしたものか……。
俺の腕に抱きつく子どもを見ながら思う。
路地裏。陽はすでに沈み、空は闇に染まっている。
そんな場所に、子どもが。
「キミは……どこの子かな?」
俺は問う。
その子は亜麻色のショートヘアをすこし揺らし、俺の方を仰ぎ見る。
右手をパッと開き、透き通る手のひらを見せつける。
「ごさいです。これから末永くよろしくお願いします」
どう勘違いしたらそうなる。
年齢を訊いたわけではない。
薄茶色の瞳を輝かせながら、その子は律儀に自身の年齢を言った。
なんでこうなったのか。
それはすこし前に遡る。
*
この世界で一番大きいといわれる国、ユークス。
俺はそんな国の北側で、仕立て屋をしている。
朝日がさんさんときらめく。
今日も開店だ。
入口の扉を開け外へ出ると、二人の井戸端会議マダムが。
俺を見るなり、そそくさと離れていく。
その反応を見て、俺は嘆息する。
父親譲りの黒い髪。
母親譲りの鋭い目つき。
髪は短く揃えている。
見た目のせいとはいいたくない。
しかし普通にしてても、根も葉もない悪い噂がとびかっている。
裏で喧嘩をしまくっているだとか。
闇金に手をつけているだとか。
どれもまったくやっていないんだけど……。
考えても仕方ない、と頭から振り払う。
店の看板を開店中に変える。
店の中へ戻り、作業開始。
俺の名前はサラン。十五歳。
父母は二年前に他界。
父は過労。母は病気。
近い時期に、二人とも亡くなった。
今は一人で、父の遺してくれたこの店を経営している。
朝早く起き、夜遅くまで作業。
毎日大変だが、それなりに充実している。
今日の仕事も終わりだ。
店を閉め、俺はある場所へ。
空は闇に染まっている。
街灯や月明かりだけでは心もとない。
持ってきたランタンの灯りを頼りに、俺は歩みを進める。
到着。ここは近くの路地裏。
あたり一帯、人気はなく、仕事終わりに落ち着ける。
手近な木箱に腰をかけ、懐からあるものを取り出す。
糸。真紅色の毛糸。今の形はボールみたいになっている。
俺はその真紅色の毛糸玉、それを投げる。
数十メートル先、路地の入口あたりに着地。
糸の先っぽだけ、自身の手元に残る。
それを使って、投げた毛糸玉を手元に引き寄せる。
ころころ、ころころ。
……正直、傍から見たらなにやってんだアイツというシーンだろう。
思えばこれで勘違いされているのやもしれない。誰にも見られてないと思うけど。
やめれるのならとっくにやめているだろう。
しかし、これをやるのには理由がある。
そう思っていると、二つの光る点が。
闇の中で揺らめく光。
それは徐々に増えていく。
そして、俺の近くまで来ると――。
「にゃー」
そんな、可愛らしい鳴き声が。猫だ。
俺はその猫を抱きかかえ、優しく頭を撫でる。
喉を鳴らし、気持ちよさそうに撫でられる猫に俺は癒される。
これが俺のちょっとした楽しみみたいなものだ。
商品として使えなくなった糸を、こうして猫たちと触れ合うために使っている。ちなみにこの子たちは野良猫。
引いた糸に惹かれて、猫たちが続々とよってくる。
今日は5匹も来てくれた。
撫でたり、抱っこしたり、煮干しをあげたり。
毛糸玉で遊ぶ子もいる。
猫好きな俺にとって、相当な癒しの時間だ。
「こらこら、引っ張るな。まだあるから」
右から服を引っ張られる。
白い麻の服。その袖の部分に、一匹の猫が爪をたてる。
煮干しをもらい、それを頬張る猫。
ほんとにかわいい。
おそらく今、自身の顔は相当緩んでいるだろう。
そう思っていると、今度は左からも引っ張られる。
珍しいな。いつもは煮干しがほしいとねだる子は一匹いるかいないかだ。
今日は積極的な猫が多いなと思い嬉しくなる。
俺は振り向くと――。
そこには子どもが。
猫かと思ったら子ども。少女。
路地に差し込む月明かり。
それをバックに、少女は俺の隣に立っていた。
黒いローブを身にまとい。
愛らしい顔立ちをしている。
「こんばんわ」
舌っ足らずな声で、少女は言う。
挨拶ができるのは良いことだ。
けどこんな暗い時間に、子どもが、しかも少女がいるのはとても危険。
俺は努めて優しく返す。
「こんばんは。なにをしているのかな?」
店番中に『顔が怖い』と子どもを驚かせてしまうことがよくあった。
怯えていないだろうか。
不安に思いながら、少女を見ると。
「あなたは、運命の、人です」
そう、告げてきた。
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