仲間だったもの

 アイリが城へ着くと外門は厳重に施錠され、その前には数人の兵士が立ち塞がっていた。

 城に用事のある商人たちはここで足止めをされ、なぜ中に入れてもらえないのかと口々に不満を漏らしている。けれど兵士はただ「立入禁止だ」の一点張りでやり過ごしているのだった。

 そんな彼らを横目にアイリはバイオレットにまたがったまま通用口から門の中へと入っていったが、敷地内は兵士の姿が途切れることはなく、いつもと違う物々しい雰囲気が漂っていた。

 全身に注がれるたくさんの視線を感じながら城の奥へと進んでいくと、ひとりの兵士が待ちわびたように近寄ってきた。

「アイリさんお待ちしていました。さあ、早くこちらへ」

 彼はそう言うと、アイリの返事を待つことなく自分に付いて来るようにと急かすのだった。アイリは言われるがままバイオレットを別の兵士に預け、彼の背中を追うように暗い城の中へと入っていった。

 重い扉がぎしぎしと軋む音にちらりと後ろを振り返ると、視界を覆う闇を長方形に切り取った光の中に、バイオレットの潤んだ紫の瞳があった。それはアイリに何かを必死に訴えているようだったが、声をかけようとする間もなく闇に押しつぶされてしまった。


 いつもと変わらぬ薄暗い廊下いっぱいに、カツカツ、コツコツというふたつの靴音が響きわたる。その音はアイリの鼓膜をふるわせ耳の奥へ奥へと滑り込み、頭の中で何度も反響した。

 突然、背後から何か得体のしれないものが忍び寄り、まるでその大きな黒い影に心臓をつかまれ、少しずつ握りしめられていくような感覚をおぼえ、心臓はいつになく高鳴り、それはまるでこれ以上進んではならないと体が警告を発しているようだった。

 ふと顔を上げると、壁に掛けられたレリーフが視界に入った。国の歴史が刻まれたあのレリーフ。

 そこに描かれた金色の竜と目が合ったような気がして足を止めると、急に体を包み込むような暖かい風が強く吹き、思わず目を閉じた。


………ゆっくりと目を開けると、うす紅色のかすみがかった視界の中、足元ではさらさらと音を立てて草花が揺れている。

 目の前にひとりの少女がいた。

 その顔はとても幸せそうでありながら、それでいてこの世で一番悲しそうな表情をしている。今にも消えてしまいそうな儚さ《はかなさ》に、どこにも行かせてはいけないと、たまらず抱きしめた。

 けれど小さく震えるその身体は、ぎゅっと腕に力を込めた瞬間まるで泡のようにほわりとはじけ、音も立てずにあっけなく消えてしまった。

 ひとりきりになったわたしは、両腕で自分の体を抱きしめたまま、うす紅色の何もない空間をただ見上げていた…。


「アイリさん、どうかしましたか? アイリさん? さあ、こっちです」

 兵士の声に我に返ったアイリは、軽く頭を振ってまばたきを何度か繰り返した。そしてちらりと竜のレリーフを見やり、何も変わりがないことを見届けると、さらに城の奥へと進んでいったのだった。


 ここはおそらく城の角にあたる場所だろう。壁が薄汚れて不自然に暗く沈んだ陰鬱いんうつな雰囲気が漂っている。まるで時間の流れから取り残されたようだった。

 壁にはさびの浮いた大きな鉄の扉がはめ込まれ、両脇に兵士が立っている。城には何度も来ているがこんな場所があるのは初めて知った。

 兵士たちがアイリの姿を認めギギギと重い音を立てて扉を開くと、部屋の中からどろりとした深い闇が流れ出してくるような異様な気配を感じた。

 アイリが部屋の中に一歩足を踏み入れると、ランプの薄暗い明かりに照らされた殺風景そのものの部屋の隅、次第に暗さに目が慣れてくると同時に、壁から伸びたロープで両手をそれぞれ縛られ、床にぐったりとうずくまるザハドの姿が浮かび上がってきた。その顔には大きなあざができ、うつろな目で地面の一点を見つめている。服はところどころ破け、黒い大きなシミのように見えるのはおそらく血の汚れだろう。

 いつも明るく溌剌はつらつとしていたザハドの変わり果てた姿に、アイリは言葉がなかった。

 彼が王を刺したなどということは何かの間違いか、または王がひと芝居打ってアイリ自身の何かを試している…ああそうだ、団長になった自分の王さまへの忠誠心や予期しない出来事への判断能力を試しているのに違いない、そうでもないとあまりにもおかしな話すぎると、ここへ来るまでの間中、彼女はそう自分を納得させ続けてきたのだったが、この状況を前にしてそんな憶測はすべてもろくも崩れ去り、ダレスが言ったこと、自分が信頼する仲間の言った現実を受け入れるしかなかった。

 けれど、そうなると、行動をともにしてきた“仲間だった”はずの彼、ザハドを信じていたのは間違いだったというのだろうか…そんなことは思いたくなかった。心の中で否定したい自分がいた。

「なぜ…」

 アイリの口から思わず出た言葉だったが、それに反応するようにゆっくりと顔を上げたザハドには表情というものがなかった。

 その目を見てアイリははっきりと悟ってしまった。それは何か大事なものを犠牲にし、すべてを諦めてしまったものの目。アイリの知っている彼の目ではなかった。

 その虚ろな瞳の中に熱を帯びたアイリの視線が差し込んだ時、彼はそれから逃げるように目を逸らし、どこか辛いような、そして悲しいような表情をしたが、そのまま目を伏せ思い詰めたように地面を見つめた。


「アイリ、来たか。ここに座ってくれ」

 フローレスの声に部屋の中を見回すと、揺らめく薄明かりの中、彼の他に先に着いていたダレス、ルイやレイモンそしてマウロなど数人の人影がアイリを見ていた。

「フローレスさん、王さまは…?」

「今は人に任せてある」

「ご容態はいかがなのでしょうか…」

「あまり芳しくはないが、いまさら心配しても仕方がない」

「フローレスさん…」

「おいザハド、お望み通りアイリを呼んでやったぞ。それじゃ、さっそく話してもらおうか」

「…その前に、あいつはどうなりましたか?」

 ザハドの口調のあまりの変わりように、アイリはびっくりしてその顔をまじまじと見つめた。

「あいつ?」

「オレの代わりにおとりになったやつです」

「ああ、あいつか。あいつなら役目を果たしたと言って捕まえる時に自ら命を絶ったよ」

「そうですか…」

「それよりお前のことだ。早く話してもらおう」

 フローレスの言葉に促され、ザハドはようやく覚悟を決めたように、床を見つめたままぽつりぽつりと話しはじめた。

「……アイリと村の人たちには悪かったと思ってる。巻き込むつもりはなかった…けどゆるされるわけがないよな…まさかあんなことになるとは思わなかったんだ…。だが、オレたちだってこうするしかなかった……」

『わたしと村の人たち? ゆるされない?』

 アイリは彼が何のことを言っているのかさっぱりわからなかったが、黙ってその続きを待った。

「そうだ…復讐するにはこうするしかなかったんだ…」

「復讐だって? さっき仲間のかたきがどうのこうのと言っていたよな。復讐ってそのことを言ってるのか?」

 フローレスはそう問いただした。

「ああ、そうですよ。この国の人間に復讐するにはこうするしかなかった…」

「何だって?!」

 驚きの声を上げたのはルイだった。

「この国の人間への復讐ってどういうことだ? おい、はっきり言ったらどうなんだ!」

 ルイはザハドの肩を鷲掴みにして無理やり前を向かせ、大きく揺さぶった。

「おい、お前! なんとか言え!!」

「ルイやめろ!」

 フローレスが間に入り、されるがままだったザハドはふたたびがっくりと頭を落とした。

 誰かがため息をつく音が聞こえてきた。

 ランプの明かりのゆらめきが音を立てているように感じられるほど静かだった。

「ザハドさん、何があったのかちゃんと聞かせてくれませんか…?」

 黙って成り行きを見守ろうと思っていたアイリだったが、努めて冷静を装って静かに語りかけた。

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