嘆きの心
「アイリ……」
ザハドは顔を上げてアイリを見たが、ちょうどランプの明かりで影となり、彼女が怒っているのか、泣いているのか、それとも
彼はその顔のないシルエットを、まるで自分のすべての敵がそこにいるように感じながら話をはじめた。
「我々がこれまでどんな仕打ちをされてきたか…。あなたたちは想像したことがあるのか?」
「お前たちが受けた仕打ち? 我々って誰のことだ?」
フローレスが問いただした。
「もう薄々は気付いているんでしょ?」
「……アルベル国のことか?」
「そう。さすが王子、察しがいい」
ザハドはふふっと力なく笑った。
「そういえばザハド、確かお前は辺境の村の出身だと言っていたな。本当はアルベル国の人間だったんだな?」
「そうですよ。もう隠す必要もないでしょう」
「
「本当にそう思っているのなら、とんだお人好しですね、フローレス王子」
ザハドは吐き捨てるように言った。
「違うの?」
アイリは思わず口に出していた。
「そうだアイリ、こんなやつらに騙されちゃだめだ。我々の国はいくら辺境の小国だといったって国は国だ。それなりの誇りを持って生きてきたんだ。そしてそこには普通の平和な暮らしがあった。なのにグリプトの国のやつらときたら…。協力関係を築いただって? 笑わせる。そんなのは名ばかりで、結局は力で我々を無理やりねじ伏せやがったんだ。税だと
ザハドは悔しさの混じる言葉をたたみかけるように口にすると、その声の余韻を飲み込んだ部屋にはふたたび沈黙が訪れた。
「確かに、残念ながらあちこちで不正が行われているのは耳にしているが、アルベル国でそんなことが行われていたなどということは…」
「残念ながら? 知らないとでも言うつもりですか? 王にも訴えたが同じように知らんと言うばかりで、まともに取り合うことなんてしやしなかった。知らないんじゃない、あんたたちは知ろうとしないだけだ!」
「ザハド、お前の言うことが事実ならば、それは国をあずかる者たちの責任だ。わたしからもお詫びをしたい。しかし、だからといって国王を暗殺しようとするのは筋が違うのではないのか?」
「目の前で家族を殺されても、そんなのんきなことが言っていられるっていうのか…? 恋人や友人を殺されたやつも大勢いるんだ!」
ザハドはのどから声を絞り出すようにして言い、その目からぽたりとこぼれ落ちた涙が光った。
「……………」
「グリプトのやつらの顔色をうかがい、びくびくしながら生きていくのはもうたくさんだった。それで復讐してやろうと決めたんだ。それだけじゃない、グリプトと我々の国との力関係をひっくり返してやるつもりだった。そのほうがグリプトの人々も幸せに暮らせるに違いないんだ。そして、そのためにはふたつの力が必要だった。ひとつは我々がこの国、グリプトに地道に張り巡らせた情報網。これは大きな力になった。そしてもうひとつ必要だったのは、グリプトの軍事力に対抗できるより大きな力…」
「まさか、それで金色の竜を…?」
「ええ、そのまさかですよ…」
アイリは驚きのあまり瞳を大きく開けザハドをじっと見た。
「金色の竜。あの時が最後のメッセージだったんだ。あんたは宣戦布告の意思表示なんじゃないかと言っていたけど、まさにその通りだったんだ。本当ならあのままいっきに終わらせるはずだった。でも、予想外のことが起きた…」
「アイリか?」
ザハドはアイリを一瞥して続けた。
「そう…。何が起こったのかはわからないが、あの金色の竜が引き返していくとは思わなかった。なにかよっぽどのことがあったんだろう。なかなかうまくいかないもんだな…」
彼はふっと口から息を漏らし自嘲した。
その時。
「ぐはっ…!」
ザハドの口から突然赤い血が吹き出した。
その胸には槍が突き刺され、柄を伝った血がぽたりと床に落ちた。
「ザハド、お前、しゃべりすぎた」
槍の根元に視線を滑らせていくと、マウロが無表情でその柄を握っていた。
「おい、マウロ? いったい何を…!」
フローレスは驚き、信じられないといった表情でマウロを見ていた。
「うるさいやつを、黙らせた」
マウロはザハドから槍を引き抜くと、扉の近くにいた兵士たちを押し倒し廊下へと飛び出していった。
「あ、あいつが、監視役だったのか…ぐふっ……!」
槍という支えを失ったザハドの体は、呆気にとられて動けないでいる全員の視線が注がれる中、まるで時間の流れが遅くなったようにゆっくりと膝から崩れ落ち、ばったりと音を立てて床に倒れ込んだ。
「どういうことだ!?」
「ちっ、マウロも敵だったっていうのか! 待ちやがれ!!」
ダレスとレイモンが扉に向かって駆け出し、ルイもそれに続いた。アイリも追いかけようとしたが、フローレスに引き止められ、ザハドの元へと駆け寄った。
「誰か、救護班を連れてこい!」
フローレスは近くの兵士に命令して、ザハドを仰向けに寝かせた。
「これは、ひどい傷だな…かろうじて急所は外れているようだが……」
胸に開いた傷口を見てフローレスは眉間にシワを寄せた。
「…ざまぁないですね…仲間を裏切って…仲間に、裏切られるなんて……うっ………」
「しゃべるな、傷が広がる! 応急処置をするからすこし我慢しろ………ん?」
フローレスとアイリはほぼ同時に、ザハドのそばに細い鎖で繋がれた銀色のロケットペンダントを見つけた。それはぐしゃりといびつにつぶれ、ほとんど原型を留めてはいなかった。
「即死をまぬがれたのはそいつのおかげか…」
「マリアンナ……」
ザハドが呟いた。
アイリがそのペンダントをしゃがんで拾い上げようとすると、パキッと小さな音を立てて割れ、壊れた金属片とともに金色の髪がはらりと落ち、それはランプの明かりを受けて光のすじになって輝いた。そしてペンダントの中に入っていたクリーム色の紙片には髪の長い若い女性が描かれ、この女性もまたアイリと似た風貌をしていたが、その顔にはザハドの血のりがべっとりと付いていた。
「彼女が守ってくれたのね…」
ザハドが手を伸ばしてきたので、アイリはペンダントをそっとその手に持たせてやった。
「ああ、マリアンナ。かわいい妹よ……。やっぱり、おまえの言うとおりだった…。憎しみはなにも生み出さなかったよ……。にいさんはおまえの
血の気が失せた彼の顔からは表情も失われていくようだったが、目尻には涙が大きな粒となって溜まり、あふれ、流れ落ちた。そしてアイリを見て言った。
「アイリに会うのがもう少し早ければ………。我々は、取り返しのつかないことをして、しまった…………。アイリ、頼む、お願いだ。うぐっ……このまま自分を…殺して…くれ……!」
「ザハドさん…?」
取り乱す彼の様子を見て、アイリには返す言葉が見つからなかった。
「ザハド、何を言っているんだ。こんな傷、お前ならどうってことないだろ。すぐ治してやるから黙ってろ!」
フローレスがたしなめると、ザハドはひとつ苦しそうに顔を
「あ、………」
「大丈夫だ、気を失っただけだろう。すぐに気がつくはずだ。こいつにはまだ聞かなければならないことがたくさんある。死なせてなるものか…。おい、救護班はまだか!」
フローレスの瞳にもうっすらと涙が浮かんでいるのをアイリは見逃さなかった。
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