第32話  模倣と想像

――エスタディオ・デル・ソル、 

          ホームでの試合――


相手はエル・グランデ・カディス。

昇格チームながらも4試合で9得点を挙げ、リーグのダークホースとして注目される存在だ。


監督は元スペイン代表MFだったアルベルト・ルベロ。

ピッチ上で“優雅な戦術家”と称された男が、いまやベンチから冷徹に試合を支配する。


彼のチームは、「模倣によって創造する」

ことを軸とする。

つまり、相手チームの戦術構造をほぼ完全にコピーし、ミラーゲームへと引きずり込みながら、個の局面で勝利をもぎ取るというものだ。


「つまり、俺たちの戦術をまるまる写してきて、その“ズレ”で勝負をかけてくるチームか」


中村がミーティング後にそう呟いた。


リューラは珍しくにやりと笑った。


「それはつまり、“俺たちの方が上”って言ってるようなもんだよな。なら、飲んでやる価値がある」


ヨハンも静かに頷く。

この試合は「自分たちのアイデンティティが試される一戦」となった。



カディス戦


【スターティングメンバー】

• GK:バンデンバーグ

• DF:内川、サルモン、アキレス、エドガー

• MF:カルロス、リューラ、ジョナタン、中村

• FW:セバスチャン、ニコラス


中村とリューラを縦関係で配置した可変型4-4-2。

ボールを保持すると、中村はトップ下に上がり、リューラがボール保持の起点となる“底”に留まる。

対してエル・グランデは、同様の形で中盤の対抗策をとってくる。


この「鏡のような構図」こそが、ルベロの仕掛けであり――ヨハンの挑発でもあった。



〜試合開始〜


試合が始まると、ピッチは意図的な静寂に包まれた。


互いのシステムはミラー。

そのためパス回しはスムーズだが、“自由”がどこにもない。

選手たちがまるで予めプログラミングされたような動きしかできないのだ。


「…ここまでは織り込み済みだな」

ヨハンは顎をさすりながら、小さく呟いた。


しかし――この無音の中で、レガレスは“音”を探し始めていた。


中村はリューラと何度も視線を交わし、ポジションを小刻みに変える。


その動きは、一見偶発的だが実は「わずかな非対称」を生むための仕掛けであった。


そして17分――

その“ズレ”が音となって、ピッチに響いた。



リューラがほんの0.5秒ボールを持ちすぎたかに見えたその瞬間、

相手のボランチが間合いを詰める。


そのタイミングを読んでいた中村がカットインの動きから、ストレートに縦へ抜ける。


リューラのスルーパス。

ボールは針の穴を通すように中村の走路へ。


――だが、それを追い抜いていった影があった。


カルロス。

彼が一気に裏へ抜け、キーパーと一対一。


左足一閃。

ゴールネットが揺れる。


1-0。

レガレス、先制。


それは完全な即興ではなく、中村とリューラが“誰を動かすか”を共有していたから生まれた一撃だった。


「共存…か」

ベンチから見つめていたヴィセンテは、無意識に手を握っていた。



〜前半終了〜


ハーフタイム、マリオ・カサールは再びスタジアムの最上段に姿を現していた。


「なるほど、悪くない構図だな。

ただし――このままでは“共倒れ”になる危険もある」


となりに座っていた古い知人が尋ねた。

彼もまたサッカー界では知らない人がいない人物であった。


「なぜだ?あの2人は、いま最高のシナジーを出しているように見えるが?」


マリオは静かに目を細めた。


「中村とリューラの共存は“意図の共有”が極まったとき、必ず衝突に転じる。

なぜなら、2人とも“試合を設計する権利”を譲らないタイプだからだ。

そのとき、ヨハンがどう選ぶか。面白い未来が待ってるよ」




〜後半〜



エル・グランデも意地を見せ、同じ仕掛けで同点弾を奪う。


1-1。

試合は終盤へ。


70分、ヨハンがベンチに向かって指を立てた。


「ヴィセンテ、行ってこい」


…ピッチに立った18歳は、先週とはまるで違った。

焦りもなく、遠慮もない。

中村の呼吸に合わせるのではなく、自分の“間”を主張し始めた。


そして迎えた後半83分。


リューラが相手ボランチを1人引き付け、ヴィセンテにサイドチェンジ。


ヴィセンテはトラップした瞬間、中村の動き出しを読み切っていた。


迷いなく左足で曲げたクロス――

それは、GKとDFの間に完璧に落ちた。


ジョナタンが頭で合わせて、2-1。


ヨハンの目が細くなる。


「これで、ようやく一枚絵になったな。

 2人の化学反応だけではない。

 そこに更なる反応が加わることで

 立体的になるのだ。」



ピーーーーーーッ!!


試合はそのまま終了。


スタジアムが湧く中、リューラはピッチ上で中村に声をかける。


「どうだ?お前の“設計図”に、俺の“破壊”は邪魔だったか?」


中村は、少し笑って答えた。


「いや。次は俺が、お前を動かす番だな」


2人の司令塔が――その日から、初めて肩を並べて歩いた。


スタンド最上段。マリオは無言で立ち去った。


…ただし、そのポケットには、ヴィセンテの名前が書かれた小さなメモが入っていた。

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