第5話思いを運ぶ拳闘娘
『道を歩いていると、凛とした女性が右足を引きずりながら歩いていた。どうやら怪我をしたらしい。・・・・・シャンメイという女性は自身の師匠の言葉を、この先の町で道場を開いている弟子に伝えに行く途中のようだ。しかし対立する道場の者から、次々と妨害を受けているという・・・。私は「大丈夫だ!!」というシャンメイの事が心配になった。」
村祭りの翌日の早朝に、全治と眷属達はジョンの家から旅立った。時間的な事情故見送ってくれたのはジョンとニアだけだったが、全治は特に気にしていなかった。黄色の道を進み物語の通りに旅をする全治だが、やはり何か気になるものがあった。
「あの時の泉で見たカニ・・・・、何故かこの世界のものでは無いものに見える。一体どういうことだろう・・。」
「全治様?さっきから考え込んでいるようですが・・・。」
「アルタイル、この世界は何か変だ。」
「そりゃ、本の世界ですからね。」
「本の世界では、有り得ないものを感じるんだ・・・。」
「有り得ない物と言うと…?」
「もしかしたら、黒之君がどこかで見ているかも・・・?」
「・・・・確かに、可能性はありますが・・・。」
「まだ、ハッキリしたことは言えないけどね。」
すると目の前に歩いている女性の後ろ姿が見えた、けど右足を引きずっていて歩き方が変だ。
「あの人何だか歩きづらそうだけど・・・、何かあったのか?」
すると女性はドサッと急にへたり込んだ、全治が異変に気が付いて駆け寄る。
「あの、大丈夫ですか?」
「ん?・・・・ああ、大丈夫だ!!」
女性はふらつきながら立ち上がった、その姿が全治にはどうも心配だった。
「あの、これ飲みますか?」
全治はそういうと水の入った瓶を女性に差し出した、ちなみに中に入っている水はあの泉の水である。
「すまない、借りは作らない主義なのだ・・。」
「え?借りなんて作るつもりは無いよ。ただこの水をあげるだけだから。」
女性はきょとんとした、そして全治に言った。
「じゃあ本当に何も見返りはいらないんだな?」
全治が頷くと、女性は全治から瓶を受け取って蓋を開け、水を飲み始めた。かなり喉が渇いていたようで、一瓶丸ごと飲み干してしまった。
「ぷはーーーー、生き返った。」
「あああーーー、あの水飲みたかったのに・・・。」
小さなホワイトが、残念そうに言った。
「ごめんね、ホワイト・・・。また美味しい水を飲ませてあげるから。」
「おい、旅の者。名を教えてくれ。」
「僕はチンカエ。」
「私はシャンメイだ、水をありがとう。ではこれにて失礼する。」
シャンメイは再び、右足を引きずりながら歩き出した。
「あの人、怪我しているわ。」
「そうだね、でも声をかけられそうに無いね・・・。」
「様子を見ましょ。」
ルビーの意見に皆納得して、自然なふうを装ってシャンメイを尾行することにした。するとシャンメイの目の前に、一人の男が現れた。
「風潮流飛翔拳継承者・シャンメイ、お命頂戴する!!」
「来たか・・・、さあ来るがいい!!」
シャンメイは戦闘態勢をとった、しかし怪我をしている右足が震えており、危ない気配を感じる。
「全治様、今の彼女ではやられてしまいます!!」
「うん、ここは魔導書の力を借りよう。」
全治は魔導書のページを開いた、そしてシャンメイに気を集中させて、呪文を唱えた。
「小さな奇跡よ、汝の体を助けたまえ。」
すると小さな光の玉がシャンメイの右足に吸い込まれた、そしてシャンメイは右足の痛みを感じなくなった。
「右足が楽になった・・・これは?」
これを隙ありと男が向かってきたが、それを察知したシャンメイは飛び上がると、技を繰り出した。
「飛翔流・彗星の足!!」
シャンメイの突き出した右足が男の顔面に当たった、シャンメイが後ろに下がると、男は後ろに倒れたまま動かなくなった。
「この程度か、他愛もない・・・。」
シャンメイが呟くと、全治がシャンメイの前に現れた。
「お前はチンカエ・・・。」
「また会ったね、さあ足の手当てをしよう。」
「問題はない、痛みも何故か引いた。」
「痛みを引かせたのは僕だよ、でも一時的なものだから数分でまた痛み出す。」
「お前、さては魔術師だな?」
「うん、そうだよ。」
「見た目の割には、やるなお前・・・。」
「それで、手当してほしい?」
「・・・ああ、頼む。」
全治はそういうと、魔導書の回復術のページをめくり呪文を唱えた。そしてシャンメイの足の怪我は完治した。
「おお、前よりも楽になった。感謝する。」
「どういたしまして、ところでさっきの男とはどういう関係なの?」
「ただの敵だ、どうという事はない。」
「そうか・・・、ところで一緒に旅をしない?」
「何だと、それはよせ!!危険な目にあうぞ!!」
「大丈夫、僕には頼れる眷属達がいるから。」
全治はシャンメイに、眷属達を紹介した。
「眷属までいるとは・・お前、腕に覚えがあるようだな。」
「そう?僕はしがないただの魔術師だけど・・・?」
「・・・ふふ、気に入った。じゃあ、私の目的が終わるまで付き合ってくれ。」
「いいよ。」
そして全治とシャンメイは握手をした。
それから全治とシャンメイは、近くの町についた。どうやらこの町で道場を開いている弟子に、自分の師匠の言葉を伝えることがシャンメイの旅の目的らしい。しかし時間が遅いので、全治はシャンメイの奢りで宿に泊まることにした。
「ところでシャンメイは、どうして師匠の弟子になったの・・・?」
「私は生まれた時から、もう師匠の弟子ということになっていた。」
「ん?生みの親のことは知らないの?」
「親・・・わからない。」
全治は不思議に思いつつも、眠りに着いた。
深夜、全治とチンカエが寝ている部屋に一つの影が現れた。それは、高須黒之だ。因果転送を発動させた黒之は、この世界に自由に行き来できる。
「これさえあれば魔導書を封じれる・・・。」
黒之が持っているのは、一枚のしおりである。このしおりには結界と同じ力があり、魔導書にある神の力を封じることが出来るという。
「ふふ、無防備だな・・・。」
黒之は魔導書にしおりを挟んだ、するとしおりから帯が現れて、魔導書を縛り上げた。
「これでいい、ゼウスが託した希望もこれで潰えた。さあ、全治がどうするか見ものだな・・・。」
黒之はほくそ笑むと、現実世界へと戻って行った。
翌日朝早く、全治は起床し着替えて、ふと魔導書を手に取った時、魔導書に異変が起きていることに気が付いた。
「これは・・・本が縛られている・・。」
全治は魔導書の縛りを解こうとしたが、かなり頑丈に縛られていて中々解けない。
「こんなことをするのはやはり・・・・・・くっ!!」
まさか黒之がこんな手を使うとは思わなかった、すると眷属達が声をかけた。
「全治様、どうしましたか?」
「ごめん・・・魔導書が使えなくなった・・。」
全治は縛られた魔導書を眷属達に見せた。
「これは・・・どうして・・?」
「やはり黒之が・・・。」
「全治様、これから大丈夫でしょうか・・・?」
ホワイトの問いに、全治は答えられなかった。
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