第37話

 空を見上げれば照り付ける太陽の日差しが去年よりもずっと熱く感じた。

 一昨日から夏休みに入った学校のグランドには部活動に励む生徒達の姿が多くあって、みんな年々威力を増す太陽の日差しにあの手この手で涼をとっていた。

 そんな名地ならではの光景を日陰で眺めながら、悠栖ゆずは昼ごはんを食べなければとぼんやり考える。

 昼の休憩が始まってもう随分時間が経っているから、いい加減水分だけでなくエネルギーとなる固形物を口に入れておかなければ。

 水分だけで午後の練習に参加するなんて、どう考えても自殺行為だ。

 練習についていけなくなるならまだしも、下手したら倒れかねない。

 もしそんなことになったらチームメイトに多大な迷惑をかけることになるし、監督やコーチからは自己管理がなってないと怒られ、当分部活に参加しなくていいと謹慎を言い渡されるかもしれない。

(……でも、いっそそれでもいいかもな……)

 悠栖はサッカーに出会ってから一度だって練習をサボりたいと思ったことがない事が密かに自慢だった。

 チームメイト達はこの時期になると毎日のように休んで冷房の効いた部屋で涼んでいたいとぼやいているし、悠栖と同じくサッカー部の三大サッカーバカと言われている唯哉いちか英彰ひであきですら、サボりたいと口にしたことが何回かあった。

 だが、悠栖だけは一度だって練習をサボりたいと口にしたことがなかった。

 それどころか思ったことも考えたこともなかった。

 仲間とサッカーができるということが、どうしようもなく楽しかった。

 だがしかし、その輝かしい『サッカー愛』はもう二度と誇れなくなってしまった。

 それはまさに今、『逃げ出したい』と思っていたから。

 悠栖は空から地面へと視線を落とし、深い深いため息をはいた。

「こんな気まずいの、初めてだ……」

 チームメイトのほとんどが初等部からの長い付き合い。

 当然、喧嘩や言い合いになったことなど山のようにある。顔を合わせ辛いと思ったことも、山ほど。

 だがそれでもこんな居心地の悪い気まずさを何日も引き摺るなんて事は一度だってなかった。

 確かにわだかまりは引き摺ったりしたが、それでもサッカーという共通の趣味を前にすればそれも数日足らずで小さくなり、いつの間にか消えて、より絆が深まっていた。

 だが今回はそんな上手く事態が収拾するとは思えない。

 何故なら、今回はどう考えても自分だけが悪いからだ。温厚な唯哉を、激怒させたのだから。

 なるべく思い出さないようにしているが、愚かな自分に向けられた軽蔑の眼差しは端々で悠栖に悪夢を見せる。

 あの日、唯哉を怒らせた日の翌朝、勇気を振り絞って自分の振る舞いを謝った悠栖だったが、唯哉は「なんで俺に謝るんだ」と冷たい目と声で悠栖の謝罪を受け取ることはなかった。

 愚か者を蔑むように息を吐いて隣を通り過ぎた唯哉に、悠栖はそれ以降、声を掛けることができなくなってしまった……。

(明日で一週間か……。今までこんなに長引くことなかったし、そろそろヒデが何か言ってきそうだな……)

 それまではいつも一緒に行動していた悠栖と唯哉。

 それがいきなり別行動になって言葉も交わさなくなっていれば、言わなくたって喧嘩したんだと周囲にはバレているだろう。

 現に最初に気づいた英彰からは仲違いしたとは言っていないのに「さっさと仲直りしろよ」と言われたぐらいだ。

 そしてどんなに鈍い奴でも約一週間もの間こんなあからさまな態度をとられていたら嫌でも気づくに決まっている。

 悠栖は、分かりやすく気を使ってくれるチームメイト達を想い、申し訳なくなった。

 そして、おそらく明日あたりにでも声を掛けてくるだろう英彰を想い、自分の『醜さ』に落ち込んだ。

 英彰はまだ自分を友達以上に思ってくれているから……。

(思わせぶりな態度って言われても、これじゃ文句なんて言えねぇーよなぁ……)

 だって、完全にソレなんだから。

 好きな相手に頼られたら、男なら誰だって嬉しいはず。

 自分の想いを知りながら『弱さ』を見せてきたら、『もしかして……』と期待を抱いてしまうはず。

 少なくとも、悠栖はそう思うから。

 だから、英彰を巻き込むわけにはいかない。

 英彰が大切だから、また傷つけるような事はしたくない。

 しかし、本心は強くそう思っているのに、自分可愛さが先立って甘えと弱さをそのままに英彰を頼りたいと考えてしまっている。

 真逆な思いが共存する心は悠栖の精神を辟易させた。

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