第36話

「俺、きっと姫神ひめがみに酷いことをしてたよな……。ずっと付き纏ってたし、嫌な思いしてただろうな……」

「そんなこと――」

「『そんなことない』なんて言えないだろ? ……姫神は俺の顔を見る度、辛い過去を思い出してたんじゃないかと思うとやり切れない……」

 今学園に広がっている『同性のカップルに育てられた』という那鳥なとりの家庭に関する噂。

 それは那鳥の反応から見てもきっと真実なのだろうことは推測できる。

 そして同時に那鳥の過去が明るく希望に満ちていたと言えない事も推測できた。

 那鳥が持つ同性愛に対する酷い嫌悪感は、家庭が原因なのか、それとも家庭をネタにしたイジメが原因なのか、はっきりとは分からない。

 だが、どちらにせよ那鳥を長年苦しめている『理由』であることは変わらない。

 唯哉いちかは那鳥を想いながら、同性から想いを向けられる度にその『トラウマ』を思い出して苦しんでいただろうと表情を歪めた。

「チカ……」

「俺は姫神に求めるだけで、姫神を理解する努力をしてなかった……」

 努力していたら、少しは変わったかな……。

 そう力なく笑う唯哉。

 悠栖ゆずは親友をどう慰めればいいか分からなかった。

 ただ、やるせなさと憤りが悠栖の心を掻き乱した。

「お、お前がそんな風に思う必要なんてないだろっ……。姫神の話は確かに可哀想だと思うけど、でも、それとこれとは別問題じゃねーか。チカはただ姫神を好きになっただけで、姫神を傷つけるようなことなんもしてねぇーだろっ」

「俺の『想い』そのものが傷つけてた。……そういうこともあるだろ?」

「! そんなの、……そんなの、チカの問題じゃねぇーじゃん。姫神本人の問題じゃんっ」

 那鳥が唯哉の想いを曲解した上に捻じ曲げて勝手に傷ついてるだけ。それに責任を感じる必要なんて無いに決まってる。

 悠栖はそう訴えたが、気持ちをそのまま言葉にすることはできなかった。

 ただ唯哉は悪くないと言いたかっただけなのに、気が付けば那鳥を貶めるような言い方をしてしまっていた。

 すぐに自分の失態に気づいた悠栖。

 慌てて弁解しようと言葉を続けたが、それら全てが上手くいかなかった。どう頑張っても、那鳥を思いやる言葉が出てこなかったのだ。

(なん、で……。俺、違うのにっ)

 自分の言葉に戸惑いを隠せない悠栖。

 するとそんな悠栖に追い打ちをかける唯哉の声。それはいつもの穏やかな音ではなく、軽蔑の色を含んだ音だった。

「姫神はお前の友達なのに、なんでそんな酷いことが言えるんだ……?」

「ちがっ、これは―――」

「俺の知ってる悠栖は姫神の気持ちを理解こそすれ、そんな心無い言葉で友達を貶めるようなことはしないはずだっ」

 怒りと侮蔑を含んだ声色と表情。

 悠栖は、自分がいかに愚かな事を言ってしまったか突き付けられ、青ざめた。

 慌てて『違う』と『本心じゃない』と訴えようとしたが、唯哉は言葉を遮るように立ち上がり、そして蔑むような眼差しで自分を見下ろしてきた。

 その瞬間、悠栖は心が凍りつくような思いをした。

 全身を巡る血液が止まり、否定するための言葉は喉につっかえ、ただ縋る思いで唯哉を見上げることしかできなかった……。

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