第31話

「あのさ、もうずっと前から知ってた事、改めて言っていいかな?」

「え、それ拒否権あるのか? あるなら拒否したいんだけど」

悠栖ゆずには聞いてないからどうでもいいかな! 朋喜ともきまもるに聞いてるだけだし?」

 昼休みが半分過ぎた頃、午後の授業で絶対当てられると分かっていたのに予習を忘れていた悠栖が那鳥なとりに頼み込んでノートを写させてもらっていたら、それまで珍しく大人しくしていた慶史けいしが身を乗り出して「我慢の限界」と訴えてきた。

 那鳥のノートを隠す様に机に上体を預けてくる慶史はとても邪魔だ。

 時間が無いから後にしてくれと慶史を押し退けながら申し出を却下したら、拒否権どころか会話する権利ももらえなかった。

 慶史のこういう悪態はいつもの事だが、授業までにノートを写し終えたい悠栖の今日の機嫌はあまり良くないようで、いつもなら笑って扱いに突っ込みを入れるだろうシーンで露骨に顔を顰められてしまった。

「ゆ、悠栖、落ち着いて? 慶史は僕達が何とかするから、ね?」

 売られた喧嘩を買おうとした悠栖の様子をいち早く察した葵が、慶史を宥めながらも「邪魔してごめんね?」と代わりに謝ってくる。

 慶史には腹が立つが葵を困らせるわけにはいかない。悠栖は怒りをグッと堪えて分かったと息を吐いた。

 耳だけは友人達へと意識を向けながら、ノートに視線を落としペンを再び走らせる悠栖。

 挑発に乗ってこなかったと慶史は不満そうな声を漏らしたが、すぐにまた葵に怒られ、悠栖を煽るのは諦めた。

「で、慶史君は何が言いたいの?」

「みんな知ってる事だよ。……悠栖は馬鹿だってそういう話」

「! 慶史! どうしてそんなに悠栖に意地悪するの!?」

 気になると朋喜が話題を戻し、それに慶史が応え、そして葵が声を荒げて怒り出す。

 最初からなんとなく悪口だろうと思っていたから大して驚かなかったものの、やっぱり腹は立つ。

 だから悠栖は与えられた不快感に反撃を試みることにした。

 きっと返り討ちに合うだろうが、やられっぱなしは性に合わない。

「マモ、諦めろって。慶史の性格の悪さは生まれる前からのもんだぞ。きっと」

「悠栖、どうしたの? ここ最近ずっと『らしく』ないよ?」

「別にどうもしてねぇーよ? 慶史に言われっぱなしで腹が立っただけ」

 俺らしいってそもそも何?

 そんなことを笑顔で尋ねる悠栖は気づいていない。それがとても棘がある言い方だったとは、まったく。

 悠栖がピリピリしているということを友人達はずっと感じていたのだろう。

 笑顔で毒を吐く悠栖に、そのストレスが自分達の想像以上だと察して返す言葉を失ってしまった。

 シンと静まり返ったせいで、教室の喧騒がよく耳に届いた。

 騒々しいその音の数々に悠栖は「煩いな……」と舌打ちをして、顔を顰めたままノートへと視線を戻す。

 あまり物事を深く考えていないような笑顔で愛想をそこら中に振りまいていた悠栖を最近教室でも寮室でも見ていない朋喜は『原因』に心当たりがあるのか、「意地張ると長いって知ってたけど……」とわざとらしく大きなため息を吐いた。

「ねぇ、いつ解決するの? 朋喜が言ったんでしょ? 『暫く様子を見よう』って」

「そんなの僕が知りたいよ。あの時は見守ることが最善だと思ったってだけだし」

「えぇ……無責任……」

「分かってるよ。でも、こればっかりは僕だけじゃどうしようもないことじゃない?」

 悠栖の目の前で繰り広げられる大きな声の内緒話。

 当然悠栖にも葵にも聞こえていて、気が立っている悠栖は『余計なお世話』に自身の額に青筋が浮かんでいるような気がした。

 ペンを走らせる手が止まり、怒りを抑えようとした反動で手が震える。

 余裕が無さ過ぎてオロオロして自分の名前を呼んでくる葵に『平気』と笑ってやることもできなかった。

 なおも内緒話を装って言葉を交わす二人。悠栖が我慢の限界を迎えるのは時間の問題のように思われた。

 だがその時、教室中にクラスメイトの大きな声が響いた。

「大ニュース大ニュース!!」

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