第32話

 声の主は教室の後方のドアから現れ、自身と仲の良い友人グループのもとへと急ぎ駆け寄った。

 教室にいた他の面々は自分達に向けられた言葉じゃないと分かりながらも『大ニュース』の内容が気になり、談笑に戻るのもそこそこに聞き耳を立てているようだった。

 悠栖ゆず達は騒ぎ立てるクラスメイトの『大ニュース』に興味はなかったが、残念ながらすぐ隣で大声で喋られては聞きたくなくとも聞こえてしまった。

 何が『大ニュース』なんだと尋ねる友人に、聞いて驚けと興奮冷めやらぬ様子で口を開く騒動の主。

 だが、『大ニュース』を語る前に何かに気づいたのか教室を見渡し、「居ないみたいだな……!」と安堵の息を漏らした。

「なぁ、言いかけて止めるなよ。気になるだろ?」

「悪い悪い。流石に当人がいる前じゃ喋れないって言うかさ」

「? どういうことだ?」

「実はさ、先輩がとんでもない情報仕入れてきてさ、俺も聞いた時は『嘘だろ!?』って思ったんだけど、でも聞けば聞くほど『マジ』らしくてさ」

「だから、何の話だよ」

 全然意味が分からない。何の話かも見えてこない。

 そう不満を漏らすクラスメイトに、悠栖も同意だ。

 盗み聞きをする趣味はないが、聞いている限り何の情報も伝わってこない。

 伝えたいならさっさと伝えやがれと思ってしまうのは仕方ない。

 そんな悠栖の思いが伝わったのか、騒いでいるクラスメイトは「実はさ……!」と全く小さくなっていない声で友人達に『大ニュース』を発表した。

「金持ちでもないのに姫神ひめがみが此処に編入してきた理由って、初等部の高学年の頃から始まったイジメが原因らしいんだよ!」

「! え? そうなのか!?」

「その話、絶対嘘だろ。だって、姫神だぞ? 大人しくイジメられるような玉じゃないだろ?」

「まぁそう思うよな。でもさ、切欠が切欠だから、黙って耐えるしかなかったんじゃないかなぁと俺は思うわけよ!」

 意気揚々と語るクラスメイト。

 今までこのクラスメイトに不快感を覚えることなどなかったし、腹を立てることもなかった。

 だが、悠栖は今確かにこの興奮しているクラスメイトに不快感を覚えた。そして、声高々に語る姿に腹を立てた。

 そしてそれは悠栖だけでなく、悠栖の友人達も同じ思いのようだ。

 苛立ちを隠すことなく表情に出している慶史けいしと、逆に表情を失くした朋喜ともき。そして、怒りよりも悲しみを見せるまもる

 真偽はともかくとして、他人の過去をこんな風に面白おかしく吹聴する輩と同窓だなんて恥ずかしいとすら感じた。

 しかし、悠栖が腹を立てていることなどクラスメイトは気づかない。

 だからなおも得意気に口を開くのだ。

「『切欠』って?」

「あのな、これマジで驚いたんだけど、でもだからこそ納得したって言うか―――」

「いいから早く教えろよ」

「そう急かすなよ。……実は、あのホモ嫌い公言して姫神の親ってどっちも『男』らしいんだよ!」

 『絶対誰にも言うなよ!?』なんて、そんな言葉を口にするぐらいなら初めから言わなければいいのに。いや、むしろお前が誰にも言うなよ。

 頭で突っ込みを入れていないと話に割って入って暴言を口にしてしまいそうだ。

 いつの間にか顔を上げていた悠栖の眉間には深い皺が刻まれており、慶史共々噂好きのクラスメイトを凝視してしまっていた。

 『姫』達の視線に気づいたからか、話を聞いていたクラスメイトの友人の一人が「お、オイ……」とまだ興奮気味に「ホモ嫌いなのにホモに育てられてたとか、ヤバいよなぁ」と自分に酔っている男に注意を促す。

 友人の顔色が変わったことに気づいたからか、「なんだよ?」と振り返るクラスメイト。

 悠栖は軽蔑の意を込めて睨みつけてやる。

 しかし、クラスメイトと目が合うことはなかった。彼は悠栖達ではなく、その先にいる『誰か』の姿を目にして顔を青くした。

「ひ、姫神……」

 クラスメイトが『どうしてここに居るんだ』と言いたげな顔で呼んだ名前は、噂の渦中の人物のもの。

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