第6話 そして、哀れな山賊と鎧騎士
「勇器使用!
エクスがそう宣言すると、山賊達全員を囲うように彼女が引いてきた
山賊達は口々に「しまった!」「まずいぞ!」「円の外に出ろ!」と言うが時すでに遅し、次の瞬間、線の中の建物や道具が傷つくことなく即座に材木や、石材等に分解されると、大きな1つの建物になり全員そのまま閉じ込められてしまった。
建物の中は木製の壁で囲われていて窓が付いている。そこから差し込む太陽光でランプをつけなくても明るい。床も木製で綺麗に磨かれており、まるで新品のようだ。
円形のテーブルが複数ありエクスの勇器に家を貸した、いや、巻き込まれた村の大人達が席に着いてエクス達を見守っている。
奥には
暖簾の隣には木製の扉があり、トイレが備え付けられている。嬉しいことに、穴を掘った簡易的なものではなく、石やレンガ等の素材をふんだんに使用した美しい便座付のトイレだ。
反対側には両開きの大きなドアがあり、出入りを塞ぐかのように長剣を胸元に構えた銀色の板金鎧の置物が佇んでいる。
建物の隅の方には今までの戦闘で気絶したり、口喧嘩でエクスを見失ったり、変態の冤罪をかぶせられた山賊達が散らばっていった。彼らはただ、驚きのあまり立ち尽くしている。
「ようこそ、居酒屋騎士団の宴会場へー。お好きな席へどうぞー」
エクスは適当に山賊達に言うと、自分は暖簾をくぐり奥に入って行ってしまった。
「おーい、エクス! 食べ物とか、お酒は村の人達のだから使いすぎるなよ!」
ディアもこの状況には慣れてるのだろう、エクスの入っていった暖簾の奥に走って行ってしまった。
「これが、勇器 最高の晩餐・宴会の騎士ね……」
ハーテンは感嘆の吐息を漏らしながら周囲を見回す。そんな、彼女の元に真っ先に戦闘から強制退場された山賊頭領が手下を引き連れて近づいてきた。
「おい! これは、いったいどういうことだ! これが、勇器ってやつか!」
「あら、失礼な頭領さん回復するのが遅いわね」
「いや、失礼って、俺は特にあんたのことをオバ……あ、何でもないです」
山賊頭領は会話の途中でハーテンの目が怒りで鋭くなるのを見逃さず、
「それで、何の用? 言っとくけど、この勇器の対象者に入っている以上他者に対して明確な害意を持っての一切の攻撃行動は封じられてるから、戦闘でどうのこうのしようと思っても無駄よ」
「なんだ、その効果! 俺たちが聞いていたのよりえげつねぇな。こんなめんどくせえ所早く出るか。おい、お前ら一旦ここから出るぞ!」
山賊頭領は周りの山賊達に声を掛けると出口に向かう。ハーテンは「馬鹿ね、私は知らないわよ」と呟くと空いている席に腰を掛けて彼らの様子を伺う。
「この、鎧邪魔だな……おい、お前そっち持て」
山賊頭領が鎧の反対側を指さす。が誰も動かず立ち尽くしている。それもそのはず、なんと鎧の騎士が動きだし頭領の手首を掴んでいるからだ!
「か、頭! こいつ動きますよ!」
「俺に任せてください!」
ハーテンとの会話を聞いてなかった1人が斧で騎士の腕を切ろうとするが、斧を構えた瞬間、斧が手から消えてしまった!
「え? 俺の斧は?」
山賊の斧はいつの間にか鎧騎士が握っていた。どうやら、鎧騎士は未遂ではあるが山賊の戦闘行為に機嫌を損ねたらしい。なんと、山賊の斧の柄を器用に片手で握り折ってしまった!
さらに、呆気に取られている山賊に自分の片手を口のようにパクパクする動きをして、顔を全て覆っている兜の上から口の位置を指で一本線を引く動作をする。
「なんて?」
「喋れないんかこいつ?」
「……あ! きっと、口を閉じておけって言ってるんじゃないんすか?」
なるほど、と他の山賊達は頷き、鎧騎士は山賊頭領を掴んでいない方の手で、正解を答えた山賊に対してサムズアップをする。その様子はどこか嬉しそうである。一方、指示を受けた山賊は得体の知れない圧力を感じたのか口を固く閉ざした。
鎧騎士は山賊の口元を指さし口を閉じたのを確認すると、勢いをつけて山賊の頬を思いっ切り平手打ちした!
金属と頬がぶつかる大きい音がなると山賊は後ろの席に吹っ飛ぶ。鎧騎士は山賊頭領を離すと吹っ飛ぶ山賊より席に先回りし、飛んできた山賊を器用に席に座らせるように受け止めて、食卓の席に強制着席させた。
「おい! 話が違うじゃねぇか! 他者に対して明確な害意を持っての一切の攻撃行動は封じられてるんじゃねぇのか!」
山賊頭領はハーテンに向かって吠えるが、ハーテンは「まったく、めんどくさいわねぇ」と机に頬杖をついたまま答える。
「その、鎧騎士も勇器の効果の一部よ。だから、正確にはさっきの効果は鎧騎士以外は他者に対して明確な害意を持っての一切の攻撃行動は封じられてるね。ホント、訳分からないところで強いのよね
「他に効果はあるのか? 俺らは勇器の使用条件しか知らされてねぇ」
「いやよ、私説明お姉さんじゃないんだから。一つだけ教えてあげるけど、使用者のエクスさんが帰ってくるまで、着席してお利口さんに待っていた方が良いわよ」
ハーテンはそう言うと机に突っ伏してしまった。山賊頭領はハーテンから情報を引き出すのを諦めると動ける部下を集め相談を始めた。
「どうするよ。ここに勇者が戻って来るまで待つか? それとも、あの鎧野郎を強行突破するか? 俺は強行突破で行きたいと思ってる」
「俺も依頼の制限期間まであまり無いので強行突破に賛成です」
「俺も頭に賛成です。行きましょう!」
「や、やめておけ……」
山賊達が声の方に振り返ると、気絶から回復したゾドが負傷した脇腹に片手を添えながら、彼らの方に歩いてきた。山賊頭領はゾドの様子を心配して声を掛けた。
「おぅ、ゾドか。大丈夫か?」
「だ、大丈夫ではないな、喋っているだけでもだいぶキツイ」
ゾドは苦しそうに息を吐くと、山賊達の近くの席に腰を下ろす。山賊頭領はゾドを挟んで反対側に座った。ほかの山賊達も同じ机の席に腰を下ろし、椅子が足りなくて座れないのは彼らを円状に囲んで立っている。
山賊頭領は行動不能の山賊達以外が集まったのを確認すると、ゾドに質問を切り出した。
「おい、やめておけってなんか理由があるのか?」
「ああぁ、そうだ。確か、この勇器は最高の晩餐・宴会の騎士だったよな?」
「それが、どうかしたのか」
「宴会の騎士というのは、あの、
宴卓の盛騎士団と聞き山賊達は、全員青ざめて固まってしまう。一人の山賊が、額にたまった冷や汗を拭うと震えながら口を開く
「宴卓の盛騎士団って言ったら……味方にいたら依頼は絶対成功で宴会で大盛り上がり。逆に敵にいたら、遺書を書いておかなければいけない。各武術を極めた超一流の途方もなく強い少数精鋭の奴らじゃないっすか」
「そうだ、それだけではなく、一人一人が二つ名を各組合に登録されており、星5つ創世級の中でも飛びぬけてやばい連中だ。ここ最近は、魔王軍との小競り合いが各地で発生しているからその鎮圧に向かっているらしいが……」
「いや、ゾドの兄貴だって二つ名を持ってるんですから、全員で力を合わせればいけるんじゃないんすか?」
「――無理だ。組合に正式登録されている二つ名と、我のように自分で名乗る二つ名では天と地ほどの力の差がある。恐らく、あの鎧騎士は長剣を携えているから
ゾドが力なくそう言うと山賊達は鎧騎士の方を見る。鎧騎士はどこから持ってきたのか箒と塵取りで先程の斧の柄の破片を片付けている。掃除の動作は手馴れており家庭的な一面を窺わせる。
「安心しなさい。あの鎧騎士は宴卓の盛騎士団じゃないわよ」
ハーテンは伏せてた顔を起し、鎧騎士の方を見ながらゾド達の会話に割って入った。
ゾドはハーテンが盛騎士団と面識があることに目を見張るほどに驚いた。
「盛騎士団に会ったことがあるのか! 彼らの大半は日々大陸中を動き回っており、中々お目にかかる事ができないのに!」
「会ったも何も、輝光の剣聖は私の……」
ハーテンがそこまで言いかけたところで、ご機嫌のエクスが歌を口ずさみながら樽の縁の所を斜めにし器用に転がしながら戻ってきた。奥の調理場でも酒を飲んでいたのだろう頬の赤みが強くなってきている。
「わたしは~、ふん、ふん、ふ~ん、名も無きふんころ~が~し~。今日は~酒を~運び~ます~。さっ、さっ、さっ! おほっ、おほっ、おほぉ~~!」
どうやら、樽には酒が入っているらしい。エクスはハーテンの机の所に樽を持ってきて足を止め、樽を持ち上げようと両手を樽にまわし力を込めるが持ち上げられない。彼女は駄々をこねる幼子のように泣き叫んだ。
「あーん! ディ、ディアちゃーん! た、
「はいよー! ちょっと待ってー!」
暖簾の奥から、ディアが出てきた。奥で料理をしていたのだろうエプロンをし、長い金髪を紐で縛って後ろでまとめその上に革制の羽根つき帽子を被っている。
彼女はエクスの所に向かいながら申し訳なさそうに村の人達に声を掛けた。
「ごめん。ちょっとエクス達の面倒を見るから、料理とかお願いします」
村の人達は、快く彼女の頼みを承諾すると賑やかに雑談を交わしながら奥に入っていった。
ディアはエクスの近くに立つと、エプロンを脱いだ。すると、鎧騎士が音もなく彼女の後ろに立つとエプロンを受け取った。
「あ、鎧騎士さん。ありがとう」
ディアはお礼を言うと、エクスが持ち上げようとした樽を両手で抱えると軽々と持ち上げ机の上に乗っけた。
樽には酒がいっぱいに入っておりかなり重いはずなのに、机は不思議とぐらつきもせず軋みもしない。
エクスはディアに「ありがとー」と軽く礼をするとハーテンの隣の椅子に腰を掛ける。
ディアも肩を回しながら「あー肩凝った」と疲労の息を吐きながらエクスの隣の椅子に腰を掛けると後ろでまとめていた髪をほどく。彼女の癖っ毛気味の長い金髪が綺麗に横に広がり、エクスが料理のにおいを嗅ぐかのように鼻をひくつかせている。その姿はもはや犬だ。
「あー、ディアちゃんのにほい~」
どうやらただの犬ではなく、発情している犬のようだ。
ディアは怒りと恥ずかしさで顔を真っ赤にして震えている。本来ならば
「あ、山賊さん達も動ける人はこっちにお願いしまーす」
エクスはへらへらしながら、山賊達に手を振り声を掛ける。が、山賊達は当然の如く警戒しており「どうするよ?」「どうするって、また何かやられるんじゃねぇか?」とその場から動かず囁き合っていたのだが、エクスの後ろで腕を組み睨みつけるような雰囲気で山賊達の方を向いている鎧騎士に気付くと、手のひらを返したように駆け足でエクスの元に集まった。
エクスは急に変わった山賊達に疑問を感じ何気なく後ろを振り返り、鎧騎士を見ると全てを察したのか「あ! 鎧ちゃんまた、恐い雰囲気をだしたでしょ! ダメよ!メッ!」と鎧騎士を
「さて、それじゃ、山賊さんたちの希望はこの勇器からの脱出と私の身柄の確保、で良いですか?」
「んあぁ! そうだよ!」
乱暴に答える山賊頭領にエクスは、ビクッと肩を震わせると若干涙目になってしまった。
鎧騎士はエクスの表情を見ると、エクスの制止を振り切り板金鎧の擦れる重たい音を鳴らしながら山賊頭領の所に行き、無言で山賊頭領の方を見つめる。
「んだよ! てめぇ!」
山賊頭領が口を開くと、彼がしゃべり終える前に手首を掴むとテーブルに叩きつけ押さえ付けた!
「いってーな!くそ鎧が!俺達が何もできない……ことを」
そこまで言うと山賊頭領は魔法で言葉を奪われたかのように声を発するのをやめ、腕を掴んでない方の鎧騎士の手を固唾をのんで見上げる。
なんと、鎧騎士はいつの間にかさっき折った斧の刃を持っており、それを迷いなく押さえつけている山賊頭領の親指に切りつけたのだ!
山賊頭領は叫び声を上げると床に倒れ、付け根から切断された親指のところを別の手で押さえ足をばたつかせている。
鎧騎士は恐怖から言葉を無くし立ち尽くしている山賊達には目もくれず、机の上にある血の滴る山賊の親指をつまみ上げると机に何かを描いた。
それは、点と曲線で描かれた簡素な笑顔の表情で、鎧騎士は机に描いた笑顔の表情をトントンと指さし、次に山賊達の顔を見渡すように一人一人指さしていく。
鎧騎士の指示に気付いた山賊の一人が、固まっている仲間達に声を掛ける。
「お前ら、笑顔だ! 勇者さん達に乱暴な態度をとるんじゃない!」
山賊達はその一声で無理やり笑顔を作る。恐怖で表情が固まっている者は指で強制的に笑顔を作ったりしており、その様子を見て鎧騎士は腕を組むと満足気に頷くのであった……
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