第7話 そして、勇技発動 宴卓遊戯

 鎧騎士は笑顔の山賊達から適当に2人指さすと、山賊頭領の親指を手渡し、床でもがいている山賊頭領を指さした。


「はい、俺達2人は頭の介抱をさせていただきます!」


 山賊2人の迅速丁寧な受け答えを見て、鎧騎士は更に深く嬉しそうに頷くが、泣き顔から立ち直ったエクスに兜を撫でられるようにはたかれた。


「だぁかぁらぁ鎧ちゃん駄目だって!」


 エクスは鎧騎士を𠮟責すると、羽をもがれた蝉のように乱れ回っている山賊頭領の方に向き直り笑顔で声を掛けた。


「あの、鎧ちゃんが暴れてしまってすいませんでした。山賊さん達の傷はすぐに完治しますので安心して下さい。ですので、えーと、そこのかた頭領さんの代わりに話を聞いてもらってもいいですか? 鎧ちゃん、席の準備お願いね」


 エクスに指定された山賊は「はいぃ!」と声を裏返しながら返事を上げると、鎧騎士が座りやすいように引いてくれた椅子に恐る恐る腰を掛ける。

 鎧騎士はエクスに怒られて落ち込んでいるのか動きにキレがなく、どこか哀愁を漂わせており、机の上に血で描いた笑顔の表情を布巾で消す。

 落ち込んだ鎧騎士は、山賊が席に着いたのを確認すると机の反対側に回りハーテンの隣の席を引き、エクスが座るのを命令を待つ犬のように待っている。


「ありがと、鎧ちゃん。……あと、怒ってごめんね」


 エクスは謝りながら席に腰を掛けると、鎧騎士の顔の部分を心配そうに覗き込んだ。鎧騎士は気にしてないと言っているかのようにエクスの頭を優しく撫でる。


「鎧ちゃん……大丈夫?」


 エクスの問いに答えるかのように、鎧騎士は重い板金鎧を着ているのにもかかわらずその場で見事なとんぼ返りを披露しガッツポーズをして見せる。

 エクスは鎧騎士が元気な様子を確認して安堵の表情を浮かべると、反対側に座っている山賊に視線を向ける。


「それで、さっきの続きなんですけど山賊さん達の希望は勇器からの脱出と、私の身柄の確保、それと、怪我の治療で良いですね」

「はっはいっ! 勇者様のおっしゃる通りでございます!」


 鎧騎士はエクスの隣に腰を掛けると、出どころ不明の紙に羽ペンで何やら一生懸命記入している。

 さらに、鎧騎士の服装もいつの間にか変わっており、執事が身に着ける燕尾服を着て白の巻き毛のかつらを被っている。

 ただ、服装だけはどこからどう見ても執事なのだが、鎧の上から服を着て兜の上からかつらを被っているため凄まじく不格好、はち切れそうになっており、まるで燕尾服が悲鳴を上げているかのようだ。


「それでは、山賊さん達の希望を叶えるために私は勇技を発動したいんですが、勇技の1つ目の発動条件で、私の勇器・勇技の説明をしないといけないので説明させていただきますね」

「はっはいっ! お願いします! 勇者様!」

「まず、勇器には装備変化型と環境変化型の2種類あるんですが、私の勇器、最高の晩餐・宴会の騎士は環境変化型の勇器です」


 この装備変化型と環境変化型にはそれぞれ特徴がある。一番わかりやすい特徴は勇器使用を宣言した時に現れる。

 まず、装備変化型は勇器使用を宣言した際、勇器その物が変化し使用者の装備となる。それに対して環境変化型は勇器自体の姿形は使用宣言前と変わらず、範囲内の環境を変化させるのだ。

 エクスは環境変化型の証拠を示すかのように、自分の耳に付いている鎧姿の騎士がゴブレットを掲げているイヤリングを指で軽く弾くと説明を続ける。


「また、勇器には使用条件があり私の勇器には3つあります。1つ目は私がほろ酔い以上の酔い状態であること。2つ目は酒の飲める対象者、建物の建築に使用する資材や、食材、酒を囲うように線を引くこと、この時酒の飲めない子供や、下戸の方が線の中にいた場合勇器使用は不発になっちゃいます。3つ目は線を引いた後その中心部で勇器使用を宣言すること。以上の条件を満たすと私の勇器、最高の晩餐・宴会の騎士は使用できます」


 エクスがそこまで説明すると鎧騎士が暖簾の奥から姿を現す。今度はウェイトレスが持つように右手に透明の液体の入った陶器製のコップが2つ乗っているお盆を持ち上げている。

 鎧騎士はエクスの説明の途中に席を外していて、飲み物の準備をしていたのだ。

 また、服装も変わっており鎧の上からフリルの付いた可愛らしい花柄の黄色のエプロンを身に着け、兜の上には調理用の白い三角巾を付けている。なんと、鎧騎士は破裂しそうな執事から、食堂のおばちゃんへと変身していた。

 鎧騎士は内股で歩くと山賊の所にコップを丁寧に置き、エクスの所にも同じものを置くと、建物内部の人数を数え、暖簾の奥に向かって板金鎧の身体を器用にクネクネしながら歩いていく。


「鎧ちゃんありがとね~。それで最高の晩餐・宴会の騎士の効果は全部で3つ。1つ目は勇器の範囲内、つまりこの建物の中では、他者に対して明確な害意を持っての一切の攻撃行動を封じます。もし、攻撃をしようものなら、武器は鎧ちゃんの元に強制転移させられ、素手の場合は、身体に溜まった害意が解消されるまで、別の欲求に基づいた行動を強制的にさせられます。2つ目は範囲内の、家具や道具、建物の壁や天井は一切の傷や損傷を受けることはありません。そして、3つ目は私の意識がある限り範囲内の対象者はこの勇器の範囲外には出れません。ただし、鎧ちゃんはこの3つの効果を受けず自由に攻撃、行動することができます……と」


 エクスはそこまで説明して一息つくと、コップを両手で持ち一口分を口に含み喉を鳴らして飲み込み、反対側に座ってエクスの説明を瞬き一つせずに真剣に聞いている山賊に「これ、美味しいですよ」と酔いで頬を赤く染め満面の笑顔で飲むのを勧めている。


「はいっ! ありがたく頂戴いたします!」


 山賊は背筋を椅子の背と並行になるくらい直線に伸ばしながら返事をすると、コップを手に取り勢いよく口元に運び飲み干そうとしたが、2、3回喉を鳴らしたところでせき込んでしまった。


「ゴホッ! これ、水じゃない! ゴッホ、さ、酒だ!」

「え、水かと思ってたんですか! それ、うちの村でとれた小麦で作ったウォーカですよ」


 ウォーカとは現在地のウオツカ公国だけで作られている蒸留酒で、ジャガイモや麦類を主な原材料としている。

 製造方法は原材料を糖化、発酵させたのち何度か蒸留処理をし、ユニコーンの角の粉と、水の魔法素が込められた白樺の炭を砕いたものでろ過して、ツアリイヌ山脈から豊富に湧き出る天然水を加水してできる。

 他の水では、この加水処理で雑味が発生してしまいウォーカと呼べる、販売できるような蒸留酒が製造できないのだ。

 ウォーカがウオツカ公国でしか作られない理由が、この天然水にある。ウオツカ公国はアルフール大陸東部内陸に位置し、四方をツアリイヌ山脈に囲まれているのが大きな特色である。

 穏やかで安定した気候により自然豊かな風土で、山脈には樹齢百年、二百年をゆうに超える木々で溢れかえっている。

 その、古代から土地に深く根付く木々により、清涼・純粋を極めたといっても過言ではない天然水が山脈のいたるところから湧き出ている。

 ツアリイヌ山脈の天然水には土の魔法素が含まれており、この土の魔法素がウォーカの製造に最も関係があると言われている。また、他国の河川と合流するころには、その清らかな特徴、土の魔法素も失われているためウオツカ公国でしか採取することができない。

 このような特徴を持った水では他国では採取、精製することは絶対にできないためウォーカはウオツカ公国でしか製造出来ないのだ。

 

「山賊さん大丈夫ですか? このウォーカは少し良いやつなんで、飲みやすいですけどそんなに一気飲みしたら……意識が飛んじゃいますよ」


 エクスはむせている山賊を気遣うと、ウォーカをまた一口含み吸血鬼が極上の美女の血を味わうように恍惚に浸りながら飲み込む。

 そして、そんなエクスの様子を暖簾の奥から1人の村の男性が恨めしそうに覗いている。恐らくは彼の秘蔵のウォーカだったのだろう。

 エクスは、そんな村の人の視線には気付かず、山賊の事を気遣いながら次は勇技の説明に進む。


「それじゃ次は、これから使う勇技について説明しますね。勇技は勇器を使用した後に発動できる技で発動条件があります。私の勇技、宴卓遊戯えんたくゆうぎの発動条件は2つ。1つ目はさっきも言った通り私の勇器・勇技の説明をすること。そして、もう1つは――」


 エクスは鎧騎士が先程まで記入していた紙を、器用に机の上を滑らせて山賊に渡す。

 

「――その契約書を読み署名してもらうこと。そうすると、後は私の発動宣言で勇技が発動します」


  山賊は、契約書を手に取り目で文字を追う。その間にエクスは、ウォーカを飲み干し「ンハァーー!」と酒飲みがよくするブレスを吐くと、机の上の酒樽に手を伸ばそうとする。が、ディアはさすがにエクスが飲みすぎだと思ったのか止めに入る。


「エクス。ちょっと飲みすぎじゃないか?」

「だーいじょぶ、だいじょぶ」


 エクスは、ディアの話を聞き流すと、トポットポッと小気味いい音をコップの中に響かせながら、酒樽の注ぎ口から新しいウォーカを注いでいく。

 暖簾の奥から覗いている村の男の人は、ウォーカが注がれていく度に「あっ……ああっ……ダメ! イヤァァァァ! そんなにたくさん出しちゃダメェ!!」と悲痛な喘ぎ声を上げている……


 ディアはせっかくの忠告を聞かないエクスに呆れたのか、ため息をつくと椅子に座り直そうとする。が、こちらを凝視しているハーテンに気付き、椅子から立ち上がると彼女の近くに移動した。


「ハーテンさん、何かありましたか? すごい視線を感じるんですけど……」

「ええ、ちょっと聞きたいんだけど、あなたとエクスさんが会って1年位かしら?」

「そうですね。去年の夏くらいにこの村にエクスが依頼で来たんで……」

「それで、ディアさんは初めての対人戦をエクスさんの為に恐れながらも戦ったと……」

「そうですけど、おかしなとこでも?」

「いや、よくよく考えると、一年そこらの友達に命をかけられるって凄いなー、若いなーと思ってね」


 ディアは、ハーテンの言葉に少し考え込んで口を開く。


「その、今まで誰にも喋ったことなかったんですけど、実は私6歳より前の記憶が無いんですよ……気付いたら、エルフとドワーフの夫婦に拾われてて、そこからの記憶しかないんです。だけど、エクスとはずっと前からの知り合い、親友のような。何かを約束してたような……。だからですかね必死に頑張れたのは」


 ハーテンは「ふーん」と言うといつの間にか鎧騎士によって置かれていた目の前にあるコップを手に取り、ウォーカで喉を潤している。


「ハーテンさん、私も聞きたい事があるんです」

「ヤダ」


 ハーテンに即答され、言葉を飲み込み顔を顰めているディア。

 ハーテンは、そんなディアを見ると、意地悪そうに微笑み「冗談よ。冗談。何?」と言った。


「その、エクスの戦いを初めて見たんですけど、あの実力だと、星いくつくらいになるんですか?」

「そうね、勇器・勇技は、戦闘向きでは無いけど、環境変化型で広範囲の強制力。さらに、高次元の魔法、高威力の武術。それらの消費魔法素・体力を抑える高等技術……まぁ総合的に高水準な実力だから、組合長ハゲの推薦があれば王国院から星5創世級の評価を貰えるんじゃないのかしら」

「そ、そんなに強いんですか……」


 驚き固まるディアにハーテンは釘を刺すようにピシャリと言う。


「けどねエクスさんを過信して、戦闘を何でもかんでも任せたら駄目よ。星5創世級の実力を持つからとはいえ無敵で最強ではないし、彼女より強い奴だって結構いるんだから。例えば他の星5創生級の奴や、勇者達。宴卓の盛騎士団に、六大魔導者。あとは、遠洋の方で争っている邪神達に——」


 ハーテンがそこまで言うと、彼女はふと疑問を口にした。


「——なんというか、エクスさんも変わり者だけどディアさんもよく分からないのよね。対人戦が初めで、戦いに対してやけに臆病な割にはこういう戦いの話には興味を示したり……」


 ハーテンの指摘した通り、今のディアは目を輝かせて話を聞いており、初対面の人に戦闘大好き、脳筋暴力承りますと誤解されかねない姿だ。


「自分でも、よく分からないというか、争い事は嫌いなんですけど、血が騒ぐというかなんというか」

「ふーん、何か種族的特徴が関係しているのかもね。好戦的な性格だと、ドワーフとか、ワーウルフ、ミノタウロスとか、あとは——」


 ハーテンがそこまで言うと、会話をかき消すように、契約書を読んでいた山賊が勢いよく挙手をし、その動作に比例するような大声を出した。


「願います! 勇者様契約書の確認終わりましたでですます!」


 山賊は酔いが回り始めており、だらしなく頬を緩ませている。どうやら、ウォーカを飲みながら契約書を読んでいたのだろう、目の前のコップは空になっている。

 他の山賊達も鎧騎士にウォーカをもらったのか手にコップを持ちながら緩みきった表情でエクス達を見ている。

 山賊頭領も、切断された箇所に布を巻き付け、不満そうな顔でぶつくさ言いながらウォーカを飲んでいる。

 エクスは2杯目のウォーカを飲み干すと山賊の方を見る。

 エクスもかなり酔いが回っており、前髪の隙間から見える垂れ目気味の目は幸せそうに目尻が下がっており、頬は笑顔で緩んでいて、妖艶に赤く染まっている。


「よし、それじゃ、次は勇技の効果いってみましょ。まず、私の勇技は宴卓遊戯えんたくゆうぎです。2つ効果があり、まず、契約書に署名し……あ、拇印じゃダメですよ。それで、署名すると契約の報酬前払いが発生します。今の契約状態だと、するのが前払い報酬となっています。そして、勇技発動の宣言後、私とお酒を飲みながら遊んで勝った方の望み、今契約書に記入してあるやつですね。それが叶います。勿論、私が勝ったら、こちらの望みを聞いてもらいます。私の望みも契約書に書いてある通り——」


 エクスの説明の途中に、再び山賊は天井を突き刺すような挙手をした。


「んぅ願います! 勇者様の望みは、俺たちの依頼主ぃ依頼を請け負った組合ぃを教えることぉ。そして、勇者様がぁー……ぉう!」


 山賊はそこまで言うと、吃逆を始め、両手で口元を覆った。周りの山賊達が騒ぎ始める。


「お、おぉ説明ぃーからの吐いちゃうー? 逝っちゃうー?」

「……はぁ、吐かないぜ! 俺は無敵だぁ!」


 ……どうやら、だいぶお酒が回っているようだ。彼らの酔いはという概念を超えてもはや、領域に達しているようだ。

 エクスは、そんな楽しそうな山賊達を満足そうに見つめると契約書の署名欄に羽ペンを走らせ、声高らかに宣言する。

 

「——勇技発動! 宴卓遊戯!!」

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