96.瓦解する足元の固定観念
瞬きの合間に放り出されたのは、王城の門前だった。茫然と見回すリアトリスの目に映るのは、見慣れた父王の居城と街の風景。戻って来たと喜ぶ騎士達の声が、ひどく遠かった。他人事として響く歓声をよそに、王子はその場に崩れるように座る。
門番が開いた扉の向こう……王太子の座を譲った弟が喜色満面で駆け寄って来た。
「兄上! 無事のご帰還、おめでとうございます」
その声に違和感を覚える。平和な風景、喜ぶ人々、帰還した騎士達の顔、消えた勇者、取り戻せなかった聖女――いや、違う。
「リアトリス殿下! 聖女様は……」
「まずは国王陛下にご報告だ」
唇が戦慄いた。何も言えなかった。引きずられるようにして王城内の自室へ戻り、休まされる。脳内をぐるぐると言葉が巡った。
魔族を一方的に害し、殺し、苦しめたのは人間だった。それを知らず、都合の良い歴史を信じ込み、他者を排除しようとしたのか。己の醜さと愚かさに吐き気がした。
足元が瓦解する音が響く――それは幻聴ではなく、事実となるのだ。
「リアトリス、何があった。勇者殿は? 聖女様はいかがなされた」
部屋に閉じこもったリアトリスを見舞う父王に、ベッドから転げ落ちるようにして床に座り手を伸ばす。王太子として育てた立派な青年の無様な姿は、父に抱き留められた。マントの端を掴み、必死に顔を上げて目を合わせる。
「父上……魔族との戦いをやめる方法を、模索できませんか。彼らとの共存を」
「リアトリス、其方は疲れておるのだ。休め」
遮ぎる父は、王としての顔で言い放った。そこに滲む醜い感情に気づき、リアトリスは口を噤む。そうか、人はこうやって自分と違う種族を排除してきた。求めたくせに知りたくなかった事実を、父の声や仕草から見てとり、リアトリスは泣き笑いの顔を作る。ベッドへ戻された彼の胸を、絶望が塗り潰した。
聖女クナウティア、リクニスの血族であるリナリア、ルドベキア、勇者セージ、ニーム。そしてセントーレアと父母も残った。
周囲には鱗や角を持つ魔族が犇いている。悲鳴を上げて逃げるような場面だが、クナウティアはけろりとしていた。
「私のお部屋をセントーレアに見せてあげてもいい?」
一番近くにいたドラゴンに無邪気に尋ねるクナウティアの姿に、事情がよくわからないニームやセントーレアは困惑して顔を見合わせた。
シオンの許可が出たため、侍女のバーベナが案内に立つ。前を歩く彼女の細い尻尾や猫耳に、セントーレアが「可愛い」と声を上げた。そっと手を伸ばすが、触れる前にクナウティアが注意する。
「セレア、声を掛けて許可を得てから触れるのがルールなのよ」
「それをいうなら、マナーじゃない?」
「どっちでもいいよ」
妹と婚約者の会話に、苦笑いしたニームが口を挟んだ。それもそうかと納得する2人の後ろを歩くニームだが、上着の裾を義父母となる夫婦がしっかり握っていた。歩きにくいが、怖いのも理解できる。すれ違う人達は、見たことがない種族ばかりだった。安全のためか、監視用か。鱗人が槍を手に後ろを歩く。
妹は歓迎されてたみたいだ。侍従や侍女はクナウティアが手を振ると応じてくれる。笑顔を振りまくクナウティアの姿に、ニームはほっと息をついた。
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