95.古の盟約と魔王による選別
予想外に同意を得られたことに、魔王シオンだけではなくネリネや他の魔族も驚いた。人間はいつも勝手に武器を手に襲ってくる蛮族であり、姿を見たら逃げるように若い魔族に言い聞かせている。その人間の括りに入る者達が、魔族の置かれた状況を正しく理解したというのか。
驚きすぎて言葉が出なくなったシオンは、どさっと背凭れに身を沈めた。まじまじと見つめる先で、少女は無邪気に見つめ返す。闇色の瞳は怖いのだと泣かれた過去を思い出した。
森に迷い込んだ子供を人間の里まで送ったことがある。暗い森の中では気づかなかった子供が最後に振り返り、夜空の色を怖いと泣いた。それ以降、出来るだけ人間の子供に近寄らなくなった。その程度の逃げが何になると思いながらも、もう泣かれたくない。
怖がらせる気も、襲って殺すつもりもない。別に愛さなくていいから、隣人として暮らす権利を認めて欲しかった。同族を殺される心配なく、生きていける環境が欲しいだけなのだ。
零れ落ちた本音が口を突きそうになり、右手で強く口元を押さえた。
「数十回も……殺された?」
繰り返したリアトリスの乾いた声が響き、人々は我に返る。己の立ち位置を思い出し、それぞれに緊迫した空気を纏う。騎士の1人がリアトリスに膝をついて進言した。
「この場は敵の領地内、危険です。一度城に戻り……」
「敵?」
誰が、誰の敵だ? リアトリスの混乱した問い返しに、騎士は答えられない。
魔族は敵で人間を殺す――そう教えられて疑いなく信じた。だって、彼らは恐ろしい姿をしている。角や牙、背に翼をもっていて……中には魔獣と呼ばれる強くて凶暴な生き物がいて、だから人間の敵だと告げた大人の言葉を信じた。
刷り込まれた子供の頃の思考は、彼らの根底を作った。基礎が間違っていたら、その上に建てた家は傾く。基盤を失えば、思考は散漫になり纏まらない。
「敵じゃないわ。誤解で傷つけられた人に、なんてこと言うの」
ぷくっと頬を膨らませて抗議するクナウティアに、リナリアが頷く。落としそうになった言霊を手に抱え直し、彼女は宣言した。
「リクニスは魔族排除の動きに同調しません。これは次期ミューレンベルギアの言霊として、魔王陛下に献上させていただきます」
自らの言葉で一族の未来を紡ぐ。後ろでざわめいた騎士達を睨んで黙らせ、今度こそ巫女の言霊をネリネに手渡した。恭しく受け取ったネリネが、玉座へ続く段を上がり膝をついて捧げる。魔王の手が翳され魔力が注がれるだけで、言霊は弾けて広間に響いた。
『親愛なる魔王陛下、我らリクニスの源たるお方――枯れた予言の聖女が蘇った。
聖女クナウティアを選び出した女神ネメシアの願いが満ちた。ミューレンベルギアの言霊に、シオンの口元に笑みが浮かんだ。青ざめた人間達を見下ろし、手を一振りして追い払う。
「残るは……我が意を汲む者のみ」
騎士達とリアトリス王子を除く全員が残された広間に、魔王の喜悦に満ちた声が響き渡った。
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