94.角度を変えても同じなら嘘
「そのような……」
二の句が継げない。衝撃を受けたリアトリスに、ネリネが事実を突き付けた。
「あなた方人間は、他の種族を認めません。魔族は確かに他の世界からきた種族であり、この世界では異物だったでしょう。しかし友好的に伸ばした手に、刃を突き立てて指を切り落とす蛮行を我々はしません」
「嘘だ!」
騎士の叫び声に、ネリネは無表情で切り返した。
「あなたの知る歴史が、本当の史実だと誰が証明できますか? 私は言い切れますよ、魔狼の子を盾に取り、母狼を目の前で笑いながら殺した人間をこの目で見ました。妻と子を奪われた父狼の嘆きを慰めることも出来ずに受け止めましたよ……陛下とともにね」
それを行ったのが人間なのだと突き付けた。リアトリスの脳裏を過るのは、王族として覚えた歴史の数々だ。王城の図書室に集められた他国の歴史書を見て、気づいたことがある。国によって歴史を見る角度が違うのは理解できる。セントランサス国で英雄でも、他国の立場では人殺しになるように。
人の歴史は見る角度次第で色を変え、勝者が綴った都合の良い作り話が書かれている。それは承知していた。だが……どの国の書物でも、必ず魔族が先に手を出したと綴られた。
魔王の復活とともに、凶暴化した魔物や魔族が人に襲いかかり、それを呼び出した勇者に討伐させる。その歴史は繰り返されるうちに、慣習となった。だが、すべての角度から見て同じ景色が描かれたなら、それは嘘ではないか? 虚像ならば誰が描いても同じになる。その理論を、一度父王にぶつけたことを思い出した。
あの時、父は何と言った?
青ざめる人間の王子から、魔王シオンは興味なさそうに視線を逸らす。聖女クナウティアはきょとんとした顔でシオンを見つめ返した。
「魔王様は人間が嫌いじゃないの?」
直球の質問に、シオンの闇色の瞳が細められる。興味深い、本当にこの娘は余の興味を惹きつけてやまない。人間より長い舌で唇を湿らせ、シオンは彼女に誠実に答えた。
「どうであろうか。数十回も殺されたゆえ、異世界の勇者とやらは嫌いだが……」
歴史を正しく知るリナリアは目を伏せた。穏やかに答える声は震えない。そこに怒気が込められていないことが、奇跡だった。無残な死を、ミューレンベルギアから何度も聞かされたのだ。
幼い魔物の子を人質に取られ、抵抗せずに首を刎ねられる男が、なぜ魔王として恐れられるのか。まだ何もしないうちに、復活の兆しを知ると人間は攻撃を仕掛ける。まるで条件反射のようだった。
「酷いことされても嫌いと言い切らないなんて……優しいのね」
言われた意味が理解できず、シオンは瞬いた。肘をついた姿勢を崩し、身を乗り出す。
「今、なんと?」
「優しいのね、って言ったわ。私ならそんなの許せないもの」
クナウティアは堂々と言い切った。後ろでセージが「そうだな」と同意し、思わずセントーレアやニームも頷いていた。
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