74.会ってみてもよいだろう

「リクニス、を名乗ったのですか」


 懐かしい名前を聞きました。そんな思いを込めたネリネが溜め息をつき、シオンの様子を窺う。選択肢はいくつもある。直接会うのはもちろん、ネリネが代行してもいいし、追い返しても問題はなかった。ただ言霊を預けたなら、多少込み入った話である可能性が高い。


「何人で来ましたか」


「はっ、それが……女1人でして」


 鱗人の返答に、シオンとネリネは顔を見合わせた。夜も遅くの魔王城に、女が1人で使者に立ったというのか。魔王の復活により、森は魔物で溢れている。復活の影響を受けた魔物は、知恵をつけ力を増した。その森を女が1人で抜けた、と?


「同行者はなかったのだな?」


 繰り返し確認して頷く姿に、魔王シオンは少し考え込む。それほどの強者なら、一度は顔を会わせた方がいいだろう。言霊の内容によっては、味方に取り込めるかもしれない。


「どう思う」


「陛下の思うままになされませ。私が補佐いたします」


 魔王として振舞えばいい。傲岸不遜に跳ねのけても、使者を丁重に迎えても、どちらでも構わなかった。シオンが満足することがすべてであり、補佐するのがネリネの役割だ。


「言霊の使者とあれば、話を聞いてもよい」


 通せと命じる必要はなく、慣れた玉座の上で腕を組んだ。鱗人に連れてくるよう命じ、ネリネは1段下がった位置に控える。数人の衛兵や竜の爺などが集まってきた。


「陛下、言霊の使者が来たと伺いましたぞ」


「我らの同席をお許しいただきたく」


「好きにしろ」


 許可を得て、各々に魔王の周囲に位置をとった。地位や魔力量に応じて、忖度が働くので立ち位置で揉めることはない。数十回の勇者侵略に慣れた魔族の結束は固かった。目先の権力争いはない。


 開いた正面の大扉から入ったのは、銀髪の女性だった。リクニスの血族は淡い金髪や銀髪が多く、全体に色が淡い。使者として立つには、随分と簡素な格好だった。


 礼を欠いたと表現するまで至らないが、やや裕福な商人の妻くらいだろうか。肩にかけた魔術師のローブがなければ、豪農の妻でもおかしくなかった。


 挨拶にスカートを摘んで一礼した仕草で、かろうじて貴族階級だとわかる。若々しく見えるが、魔術師の杖の傷み具合からそれなりの年齢だろうと判断した。


 魔術師は一度得た杖を愛用し、破損しても復元を試みることが多い。傷だらけの杖は、彼女が厳しい戦いの場に身をおいた証拠だった。さぞ腕が立つに違いない。沈黙の森と呼ばれる魔物溢れる魔王城領域を抜けたことも手伝い、リナリアの評価はうなぎ上りだった。


 実際は、預けられた巫女が倉庫に放り込んだせいだ。杖を入れた倉庫内はほとんど整頓されず、それゆえに中の物が崩れて騒動になったことが数回ある。小傷はその際についた物で、戦いとは無関係だった。


 杖の一部が抉れたのも、一度折れた杖をミューレンベルギアが「怒られる」と慌てて接着した跡だ。そんな話を封印されていた魔王達が知る由もない。


「そなたが使者か」


「リクニスの直系、リナリアと申します」


 行方不明の夫をそっちのけに、リナリアは魔王を相手取って娘の奪還を試みる。緊迫した空気が満ちる玉座の間で、彼女はにっこりと微笑んで見せた。

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