75.使者と宰相の化かされ合い
名乗って挨拶の口上を述べる。リナリアの堂々とした態度に、ネリネは内心で感心していた。
魔王と重鎮を前にこの落ち着きよう、さぞ名を馳せた魔術師であろう。杖も一度折れたものを修復し使用する。握りに輝く大きな宝石は、一族の期待の現れに違いない。評価が知らない間に上がっているが、リナリアは逆に焦っていた。
挨拶は終えた。魔族は超常の能力を保有した者ばかりだから、私がクナウティアの母だとバレているはず。正面からあの子の行方を聞くか、先に搦手でいくか。迷うリナリアの表情は笑顔を貼り付け、内面は大慌てだった。
玉座は壇上にあり、手前の階段部分に魔族の将軍や宰相が控える。そのため使者は挨拶が終われば立ち上がって対応できた。膝をついて礼を取り続けるのは疲れる上、臣下ではないので違和感がある。リナリアも立ち上がって、玉座の肘掛けに寄り掛かる魔王を見上げた。
思ったほど美形じゃない。失礼なことを考えるリナリアは観察を続ける。病的な肌の色はずっと室内にいるせいね、不健康な生活なんだわ。紺に近い黒髪、逆かしら? 夜空の色だから綺麗なんだけど、生気がなくて幽霊みたい。魔王の観察を終えたリナリアは笑顔を浮かべた。気持ちにすこし余裕ができる。
「使者殿の丁重なご挨拶いたみいる。言霊をお持ちと伺ったが」
出せと命じることなく、ネリネは普段より高圧的な態度で答えを待つ。丁寧な口調を僅かに変えただけで、穏やかな宰相の面は隠れた。外交も担当した過去を持つネリネは、相対する人間に侮られぬよう違う顔を見せる。
「ミューレンベルギアから預かっております」
そう告げて、リナリアはにっこり笑った。向こうが作った道を強引にこじ開けて、娘を取り戻さなくては! 混乱した心を誤魔化す笑顔は、ネリネを警戒させた。何か秘策でもあるのか。人間が魔王城でここまで落ち着き払っている理由が分からず、魔王側の重鎮は視線を交わした。
目と目で会話する彼らの心配が噴き出す直前、シオンが気怠げに腰掛けた玉座で動く。
「ならば……」
続けるはずの言葉は「寄越せ」だったのか。後になったら、当人すら思い出せない。
ガシャン!! 派手な音がして、何かが壊れる音も続く。誰かが暴れているのは確実で、リナリアを除く全員が「また
「も、申し上げます!」
慌てふためいた鱗人が飛び込む。彼の鎧は一部破壊され、辛うじて紐や膝当てが残る程度だ。天然の鎧と呼べる鱗も傷だらけで、背中は焼けて煙を漂わせていた。
「何があったのですか」
驚きでいつもの口調に戻ったネリネに、門番や衛兵を自主的にこなす鱗人が口を開いた。
「敵襲です、いえ……相手は1人なのですが、妻を返せと暴れており」
「あらやだ、あの人ったら」
魔王の前で堂々と立ち尽くす使者は、どうやら無礼な襲撃者の妻のようだ。照れて両手で頬を覆う姿に、ある人物の面影が重なり……魔王以下、その場の魔族がぞっと背筋を凍らせた。
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