第2話『幼なじみをわかりたい』

「着いたわよ。ちゃきちゃき歩きなさいよ、クソザコ兄ちゃん♡」


「ちゃきちゃきと歩きたいところだけど、いま俺は肩車しているから重心が安定しないんだよ。ほら、あれだ……メトロノーム的なあれで、まっすぐ歩くのがむずいんだよ」


 ……そもそもなんで肩車なんだよ。おんぶでいいだろ。


 ……つってもこいつにとっては外出じたいが珍しいからはしゃいでいるんだろう。


 しゃーないつきあってやっか。


「ださぁ~いw 男なのに、女の子を肩車しただけでバテてりゅのぉ~♡ 私の体重なんて、羽みたいに軽いはずなのにっ」


 軽いのは確かだが、問題はそこじゃない。…………。


 ………いまは忘れよう。せっかく遊びにきたんだ。いまはそのことに専念すべきだ。


「そうじゃねーよ。あんま早く歩くと危ないだろ。おまえさぁ、体弱いんだから、しっかりと俺につかまってろよ。肩の上ではしゃいで落ちたら怪我するぞ」


「ばっ、…………ばーか、ばーか…………、…………しゅきっ…………」


 はぁ、ほんとコイツ――。


 かわいいんだよなぁ…………。なぁーにが『しゅきっ』だよ。


 こっちの方がずっと前からお前のことを"しゅき"だっつーの。


「着いたぞ、ここがムサミューっつーとこだよな?」


 ここか。武蔵野ミュージアム。


 ただそこにあるんじゃなくて、そびえ立ってる。まるで太古の巨大な獣が昼寝を決めたか、砕けた小惑星から建てられた要塞みたいだ。


 隈研吾だったか? あの花崗岩のスラブ ―何千枚もあるらしい― が、太陽光を不規則な角度で捉えて、龍の鱗みたいだ。これは……まさに主張だな。


 あいつ、つま先でぴょんぴょん跳ねそうだ、目を大きく見開いて。あいつにとって、これはただの建物じゃない。


 また一つ、壮大な冒険なんだ。そして俺は、あいつが全体を見渡そうとして転ばないように気をつけるだけの男だ。


「そうよ。凄いでしょ! とーっても大きいでしょ? 世界でも有数の規模の図書館、おいしいレストラン、ホテル、イベントホール、なんでもあるのよっ!」


「へぇ、そりゃすげーな。この規模の文化施設は珍しいかもな」


「ムサミューの図書館にはよわよわなお兄ちゃんがだぁーい好きな漫画だって、たぁーくさんあるんだから♡」


「漫画っても昔の名作とかだろ? 知ってる知ってる」


「いいえ、鬼滅、転スラ……そして、えっちなお兄ちゃんがだぁーいすきな、異世界ダンジョンでハーレムをも、よりどりみどりよっ!」


 ……本棚劇場。言葉通り、劇場だな、これは。高さ8メートルだって?


 冗談みたいに高い本棚が360度、俺たちを包囲してる。まるで本の津波に飲み込まれる寸前だ。あいつ、口開けて見上げてる。


 うん、これはあいつが好きそうな、圧倒的なスケールだ。YOASOBIがここで歌ったんだっけ。なるほどな。


 ……で、俺の好きな漫画、ね。鬼滅も転スラも好きだって言った覚えはあるが、『異世界迷宮でハーレムを』を読んでることは秘密にしてたはずだが……こいつ、どこで嗅ぎつけた?


 ……まあ、俺のことは何でもお見通しか。


「へー。最新漫画も読めるのか、そりゃ良い。でも何故お前が自慢げなんだ?」


「ふふーんっ! 実はムサミューにはわたしが半分出資しているからなの」


「お前、前から思っていたことだがいったいどんだけ金持ってんだよ?」


「ふん。…………そうねぇ。ざっと10石油王くらいかしら?」


 "石油王"って単位だったの?…………つか、1石油王ってどれくらいの額だ? 


 相変わらずスケールがでかいな。でも、そんなことより、今はこいつが楽しんでくれる方が大事だ。


「まぁいいや。それじゃ、そろそろ建物の中に入るから、肩からおろすぞ」


「うん、ごめん。ありがと」


 素直に礼を言うときは、子供みたいだ。


「あいよ。それじゃー中に入るぞ」


「よっ…………よわ兄 が迷子にならないように特別に手を繋いでもいいわよ?」


「まぁ、周りの人間から見たら迷子になりそうなのは間違いなくお前の方だけどな。その小さな体じゃ、すぐ人混みに紛れちまう」


「なぁにぃーよー…………わたし、子供じゃないもんっ! 大人だもんっ!」


「はいはい」


「ふん、だっ! 馬鹿にして。お兄ちゃんの、努力家! 幼馴染! イケメン!」


 …………ぜんぜん罵倒になっていないのだが? かわいいか? ……はい。


「はは。そうやってすぐムキになって怒るところが子供っぽいんだよ」


「子供じゃないもんっ! わたしがその気になれば、よわよわなお兄ちゃんと赤ちゃんを作ることだって、できるんだからぁっ!」



「     (無言)     」



 …………本気で言ってるのか、からかってるのか。


 だけど……………いや、だから、茶化したりできない。


 俺はいつもどおりぼんやりと笑うだけだ。


「…………なによぉ…………黙ってないでなにか言いなさいよ。よわ兄」


「わかった、わかった…………俺の負けだ。お前を大人と認める、なっ? だから、すこぉーしだけ、静かに話そうぜ?…………そのだな、なんというか周囲の視線が怖い。なんか守衛さんこっちに近づいてきている気もするし、なっ?」


 今は、こいつを落ち着かせるのが先決だ。本当の気持ちは、もっと静かな場所で、ちゃんと伝えないとな。

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