第三十三夜 ゲームの支配者

 後半の三十分が始まった。


 前半同様、草間が芳原をオフサイドトラップ恐怖症に陥れて自由を剥奪し、高橋兄弟もそれによって決め手を欠いた。


 時折芳原はドリブル突破を狙うが、身体能力は化け物並みの芳原もテクニックとスピードは並みで、俺と双葉の掛ける網に易々と掛かってはカウンターを喰らわして得点を重ねた。


 俺たちFC富士坂は結局七対一の大差で芳原たち上境サッカークラブを破った。


 芳原は試合のホイッスルが鳴ると、直ぐに双葉と俺たちのところにやって来た。


「あのトップ下はだれだ?」


「磯辺 しゅうって言います」

 双葉が答えた。


「どこからきたんだ? あいつ。お前アイツにポジション譲ったのか?」


「いや、上境対策でこうなっただけっすよ。俺は柊にトップ下は譲ったつもりはないっす。転校生で、元アトレチコ東京の10番なんすよ」


「但馬、俺はもうジュニアユースは卒業なんだ。お前と試合をするのも多分今日が最後じゃねえかな」


「芳原サンは、もう次の進路決まってんすか? 色々噂はきいてるけど」

 芳原は真顔で答えた。


「カザンに行くよ。琉玖とルーク同じチームだ。実は中学生Jリーガー狙ってたんだけどな。少し遅くなっちまった」

 初めて重要なリーグ戦で先発した俺は芳原に名前すら知られてないだろう。二人の会話を黙って聞いているしかない。


「お前、名前は?」

 いきなり芳原は俺に名前を聞いてきた。


「禎元 晴矢です。双葉と同じ富士坂南中です」


「お前さ、」

 芳原は厳しい表情で俺を見た。


 俺は何回か芳原に厳しいチェックに行ったから何か文句言われるのかと身構えた。


「クソいいボランチだと思うぞ? チクショウめ! 今日、俺はお前に何本ドリブル止められた?」

 意外だった。フィジカルモンスターにそんなに褒められるなんて思いもしなかったから。


「五本っす。今日は勉強になりました! あざーした!」


「生意気言いやがって(笑)。お前ら、再来年カザンのテスト受けろ。俺が田村さんに口利きしておいてやる」

 俺は望外な話をされて舞い上がってしまったが、双葉は違う反応をした。


「芳原サン、ありがたい話ですけど多分俺はカザンには行かないと思いますよ」


「なんでだ? もう、どこからかオファーもらってんのか?」


「俺、高校の三冠取りたいっす。まだどこの高校からも具体的な話はもらってないけど」

 芳原は笑って、


「遠回りじゃねえの? お前だってJリーガーになりたいんだろ?」


「そうっすね。遠回りでも価値はあるんじゃないかと思ってるんすよ」

 双葉も笑って答えた。


「おーい! 芳原! 何やってんだ⁉︎ 集合だぞ!」

 上境のコーチが向こうで怒鳴っている。


「じゃあな。次はカザンとだろ? 頑張れよ」

 と芳原は言って走ってチームの皆がいる方へ走っていった。


「さあ、俺たちも一回集合だ!」

 山田さんが大きな声で皆んなを集めた。


 上境に勝った事でチームは明るい雰囲気だ。


「今日はもう一試合、カザン甲州戦が残っているぞ! ニヤニヤするのはまだ早い」

 引き締めにかかる山田さん。


「まずは次の先発を言い渡しておく。へばってきたら、フレッシュなやつに変えていくからな。控えはアップしておけよ!」

 今回は雄二が抜けて哲史が左のウインガーになったくらいでスタメンに大きな変更はない。


 しかし、システムは4-3-3から4-1-2-3に。ワンボランチだ。二枚の攻撃的MFには柊と双葉が、つまり俺が中盤の底を任された。


「山田さん、ワンボランチの狙いがわかんないんすけど」

 ワンボランチの位置に置かれた俺はちょっと自信がなかった。


「琉玖を完封しろ。ボールを奪ったら直ぐ柊か双葉にボールを預けろ。お前の役目はそれだけだ」

 冗談を言っているとしか思えない采配だ。J2とはいえ、バリバリのJリーグチームのジュニアユースのエースを抑え込めって?


「お前なら、できると思うんだけどな」

 筧さんもそう言う。


 今までこの二人に甘い言葉をかけて貰った事なんてただの一度もない。


「筧さん、俺、頑張るけど後は知りませんよ」

 もう、自棄ヤケだ。


「大丈夫だよ。自分を信じろ」

 筧さんはそう言うと具体的な戦術の話に入っていった。


 一時間後、俺たちの二試合目がキックオフを迎えた。


「磯辺くんだっけ? またなんでこんな田舎の弱小チームに入ったんだよ?」


「弱小かどうか、60分後には分かりますよ」

 柊は琉玖の嫌がらせみたいな質問にも臆さず反論して見せた。


「随分自信があるみたいだな。後で泣き面みせんなよ?」

 審判は二人のやりとりに、


「サッカーは口でするものかな?」

 と警告を発した。


「サーセン。もうしませーん」

 と琉玖。


「主審、すいませんでした。気をつけます」

 と柊。


 柊の奴、サッカーだけじゃなくて人間も出来ていやがる。あまりに対照的な態度だったから、琉玖の審判への心証は最悪になっただろう。


 ホイッスルが鳴って前半が始まった。


 FC富士坂からのキックオフだ。哲史は双葉にボールを預けた。


 カザンの守備の寄せは早く、双葉は柊に短いパスを繋いだ。


 流石のJリーグチームの下部組織。


 柊に自由を与えないようにマークが二枚ついた。


「オレにばかり注目してると、痛い目を見るぞ」

 柊はそういうと、パスをダイレクトにはたいてディフェンダーと守備的ミッドフィルダーの間のスペースにボールを出した。


 双葉は難なくワンツーを決めてセンターバックと対峙した。厳しいスライディングが来た。双葉は呆気なく倒された。


「よし、良いところでフリーキックだ!」

 山田さんが大声を出して喜んだ。


「誰が蹴る?」

 柊は自分が蹴りたい癖にみんなに聞いて、起き上がってきた双葉が、


「フリーキックはお前がやれよ」

 と声をかけた。


 柊は、オモチャを買って貰った子供のように顔をして、


「まじまじ? やったー!」

 とはしゃいでいる。


「ったく、柊の奴。調子がいいんだから」

 哲史が笑って言った。


 哲史のフリーキックはカーブのコントロールが抜群でちょっとしたものだから、哲史だって蹴りたかったはずだ。


 柊が左脚で蹴ったボールは壁の左側を抜けてゴール右隅に向かって行った。


 しかし、ボールは惜しくもポストを叩いて跳ね返り、カザンの右サイドバックが大きくクリアした。


「ちょっと相手のキーパーの守備範囲広すぎない?」


「カザンのキーパーは、ドイツから来たんだとよ。ノイアーみたいに子供の頃から英才教育受けてるんだろ? なんで日本なんかに来てるんだ?」

 哲史は相手をよく調べる。スタメン外れてもそれをやめない哲史を素直に凄い奴だと思う。

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