第二十三夜 板挟み
「あなたたち、ここで何をしているの!?」
双葉と麻里奈の前に立ちはだかったのは、三年生の生活指導の小柳 結衣と、二年生の生活指導、太刀川
流石に自分の担任に補導される事になるとは、バツが悪い。
太刀川も他の先生の手前、自分のクラスの生徒を補導するのはこれまたバツが悪いものだ。
「家族でちょっと揉め事があって、外に出てきたところ関さんを見かけたので一緒になったところです」
と双葉は釈明した。
「関、お前は何やってたんだ?」
と太刀川。
「言いたくありません」
強い意志を示すように、二人の生活指導教師をしっかりと見て麻里奈は言った。
「ちょっと待って。自宅待機なのにここに居るその理由を尋ねているの。『言いたくありません』というのは答えになってないわ」
と小柳。
小柳はグレーのタイトなスーツを着ていて、淡い赤のハーフフレームの細いレンズを掛けており、見るからに堅物に見える。
麻里奈は元々細かく何かにつけて難癖をつけて来る小柳をよく思っていなかったし、小柳も麻里奈のことを《注意すべき生徒》としてマークしていた。
「先生、但馬くんはともかく、関さんは普段の態度からも問題では?一体どんな指導を…」
と小柳が太刀川に向かって抗議すると、太刀川も奥歯に物が挟まったような物言いで、
「小柳先生、但馬はともかく、と言うのにはちょっと…」
と返した。
「ちょっと待ってくれ先生。何故麻里奈だけが問題なのか説明してくれますか?僕が学校の指示を無視したことは間違いのない事です。」
先生は双葉から抗議されるとは思っていなかったのかポカンとしている。
「それともなんですか?市議の息子には忖度し、そうではない関さんには罰を与えるとかそんなこと考えてはまさか居ませんよね?」
これまでも双葉が問題を起こすたびに富士坂南中学の教師は何かしらの便宜を図ってきた。
双葉の父である一穂から理不尽な抗議を校長が受けて日和った事があって以来、双葉は半ば「不可触アンタッチャブル」な存在になり掛けていた。
それでは何故小柳は双葉と麻里奈を見とがめて声をかけたのか。
小柳は麻里奈を生贄にすることで市教育委員会に顔が利く一穂に恩に着せるつもりだったからだ。
太刀川は、そのようなタイプの教師ではない。
しかし一穂に目をつけられていい事はない。
「とにかく、二人とも家に帰りなさい」
ジャージを着た太刀川は双葉の方を向いてそう言った。
「あなたたち、太刀川先生が言ったこと、聞こえてないの?」
双葉も麻里奈も、簡単に家には帰れない。
「家には、どうしても帰れないんです」
麻里奈が懇願すると小柳は、
「一体どういう事なのか、ここで説明しなさい!」
と怒鳴った。
麻里奈は泣き顔になって、
「説明…したく…ないです」
と消え入りそうな声を出した。
小柳は容赦しなかった。
「校則は破る、自宅待機ができない理由は言わない、帰れと言っても反抗する。一体あなたの親は、どういう教育をしているのっ!?」
「まあまあ、小柳先生、関は私のクラスの生徒ですし、ここは私に任せていただけませんか?」
「太刀川先生がそんなだから生徒がつけ上がるんですよ? 自覚してください!」
少し離れた所から双葉がぶっきらぼうに言う。
「人の話を聞こうともしない人に、話すことなんてねえよな、麻里奈?」
「関さんを庇ってあなたが得することなんてないのよ? 但馬くん?」
小柳は双葉の方に向き直す。
「とにかく、俺も麻里奈も同罪なんだ。変な細工はしないでくれ。先生」
「ああ。元より俺はそんなことはしない。安心しろ」
太刀川は双葉に同意した。
そして、
「関、先生とちょっと話せるか?」と麻里奈に問いかけた。
麻里奈は小さく頷いた。
「では但馬、家に帰れ。関は先生と行こう。小柳先生、後はお任せください」
太刀川はこの場をとにかく終わらせようとした。
「明日、教頭先生にはこの件を報告しますから」
「構いませんよ。私と小柳先生とでは、生徒に対するアプローチは違います」
ややもすれば恫喝とも取れる小柳の言い草に少し嫌悪感を感じたが、太刀川はそれを堪えてきっぱりと言い放った。
「先生……ごめんなさい……」
母の事、高圧的な小柳の態度に気圧されて、いつも快活な麻里奈は何処かへ行ってしまった。
太刀川は麻里奈の肩にそっと手を置いた。
「心配するなよ。先生は大丈夫だから」
双葉と太刀川に迷惑を掛けてしまった。
麻里奈はこのまま消えてなくなりたいと思っていた。
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