第二十二夜 パンドラの匣(はこ)

「これ、ヒナだよな」

 何冊もあるフォトアルバムの中からヒナと、あの男の子が写っていたと思われる「2011年」というタイトルがついたものにアタリをつけて引っ張り出すとすぐに幼い晴矢と、ヒナと、もう一人小さな男の子が写っている写真を見つけた。


 写真の中ではヒナと、晴矢が近くの公園でブランコを漕いでいる。男の子は、泣きそうな顔でヒナを近くで見上げている。


(これ、やっぱ幸太郎君じゃないじゃん…)

 晴矢はマジマジと男の子の顔を見た。


 その子の顔には、ヒナに似た面影があるし、そもそも幸太郎くんはもっと太ってはずだ。この子は多分ヒナの身内なのは間違いなさそうだ。


 じゃあ、ヒナはなんでそんな嘘をついたのだろうか?


(直接聞くのが早いんだろうけど、聞いていいのかな……)

 正直躊躇われたので、ヒナに聞く前に、母に聞けば何か知ってるかもしれないと思った。


 晴矢はリビングでテレビを見ている母に声をかけた。


「ねえ、ちょっとこれ見てくれる?」

はひよなによはひほってひたのなにもってきたの?」

 煎餅を口にちょうど咥えたばかりの母の返事は、言葉になってなかったが、だいたい分かった。


「これ、誰だかわかるかな?」

 煎餅を飲み込んだ母は、


「あら、懐かしいわねー。これ、震災の年じゃない。晴矢が年長さんの時ね!」

 と言って目を輝かせていた。


「それよりこの子。誰か記憶ある?」

 晴矢は急かすように母さんにあの小さな男の子が誰であるか尋ねてみた。


 母はあくまでもマイペースだ。


「あらー、これお隣に住んでた、なんだっけ、あ、そうそう。雛子ちゃんよね。で、この男の子は…」


「この子は?」

かなめくんよ。雛子ちゃんの弟」

 やっぱりだ。


「晴矢、なんでそんなこと急に聞くのさ?」

 母が不思議がるのももっともである。


「実はさ、雛子はまた武蔵山市この街に戻ってきて、今隣のクラスにいるんだ」

「あらー!本当?知らなかった。いつの話?最近かい?」

 しかし母の好奇心は止まらなかった。


「転校は最近してきたみたいなんだけど、いつの間にか居たんだ。ついこの間雛子から声かけてきたんだよ」

「で、どう? なまらめんこくになったっしょ?」

 母はニヤニながら晴矢の顔をみた。


「あ、ああ、でもまあ俺の好みじゃねえし、雛子は双葉に気があるんじゃねえかな? 俺より双葉のことを最初聞いてきたし」

 晴矢がそう言うと不意に母さんの顔が曇った。


「そう。雛子ちゃん、今度ウチに連れて来たら?」

「ああ。でも母さんどうした?双葉がどうかしたか?」

「ううん、別になんも。双葉くんはモテるね」

 晴矢は確信した。母は何か知ってる。


 晴矢は思い切って疑問をぶつけてみた。


「俺も雛子には弟がいたんじゃないかって微かに記憶があったんだ。それを雛子に言ったら『弟なんていない』って言うんだ。どうしてそんなウソを付くんだろうな?」


 母は、少し考えてから顔を上げずにこう言った。


「母さんには分からないさ。何か、言いたくない事情があるんじゃないかい?」

「雛子のご両親、離婚したみたい。ひょっとしたら弟は雛子の元のお父さんに引き取られたのかな…」

 晴矢がそんな想像を話すと母は今度は顔を上げて、晴矢の目を覗き込んだ。


「人様のプライベートにずかずかと立ち入るのはやめれ。触れられたくない事もあるっしょ」

 母が話を遠ざけようとすればするほど、晴矢は知りたくなる。

 でも、母さんから聞き出そうにも無理そうだ。

 一旦撤退だ。


 嘘をつくヒナ。

 話を逸らそうとする母。

 そして双葉。


 《怖いもの見たさ》


 それがアルバムを開いた理由だ。軽率な謗りは免れまい。

 そして、俺が開いたのは、紛う事なく震災の年のフォトアルバムだった

 そしてそれは、またあらゆる意味で《パンドラの匣》だった事を思い知らされることになるとはその時は考えもしなかった。

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