第十八夜 確執


「双葉、学校が休校になったからといってなんてザマだ」

 双葉の父親、但馬一穂は、双葉が自宅のリビングでソファに寝ころびながらスマートフォンを弄っていたのを見咎めて言った。


「父さんこそ、議員は台風被害の確認とかそういうのはないわけ?」


「そういうのは秘書がやるものだ。私はその報告を聞いて対策の指示を出すんだ。生意気なことを言うんじゃない」


「へー、議員先生は楽できていいね。秘書の片川さん、大変そうで気の毒だよ」

「なんだと!? お前は議員の大変さが分かっていないくせに・・」

「あなた、やめてください! 双葉も謝りなさい!」

 双葉の母親、優花梨が仲裁に入った。


 苛立ったまま、一穂は、スーツの上着を羽織りながら言った。


「私は出かける。台風対策で何日かは帰れないだろう。留守は頼んだぞ」

 優花梨はそれを聞いて困り顔からさらに暗い表情に変わった。


「わかりました。お気をつけて」


 一穂が静かにリビングの扉を閉めて出てゆくと、秘書の片川らしき声が玄関先に聞こえる。


「但馬先生お迎えに上がりました」

「少し遅いぞ。片川、鞄を頼む」

「ははい、申し訳ございません!承知しました!」

 なんだよ、威張り腐りやがって、双葉が言いかけると、優花梨は首を左右に振って目で牽制した。


「母さん、あいつ台風を口実に・・」

「わかっているわ。双葉さんはこのことに首を突っ込まなくてもよいのよ」

「でも!」

 優花梨は自分に言い聞かせるように


「いいの。私は市会議員の妻なんですもの。こんなの平気よ」

 と言い放った。


「平気なら、そんな顔をしないでくれよ。俺はさ、母さんには毎日笑っていてほしいんだ。あいつが、あいつが次の選挙で負けたら」

「そんな不吉なことを言うんじゃありません」

「でも俺はもう耐えられないよ。人を人と思わない傲慢な態度。そして母さんを差し置いてどこかの女と。これを不幸と呼ばずして何が不幸なんだ!」

「でもあなたは市議の息子として何不自由なく暮らしているじゃない。先生からも友達からも一目置かれているのをあなたも分かっているんじゃないの?」


 双葉はいつもクラスのみんなから腫れ物に触られるように接されるのを感じていた。


 そうでないのはいつもの五人だけだ。太刀川センセイも、なんだかよそよそしく感じることすらある。


「あのさあ、俺が望んでこうなったわけじゃないし、俺の友達は市議の息子だからといって俺に近づいてきているわけじゃない!」

「いつものあの五人のお友達だって、どうだか。あなたに取り入って気に入ってもらいたいとでも思っているんじゃないの?」

「母さん、俺の友達をそんな風にいうのは止めてくれ」

 優花梨は話の途中で背を向けてリビングから出て行こうとした。


 すると、階上から声が聞こえる。


「なんだ、騒がしいな」

「あら、和葉さん」

 和葉は、双葉の五歳年上の長男だ。


 和葉はかつて地元の進学校から現役で早稲田大学の政経学部に合格し、東京で一穂の所有しているマンションから通学していた。


 しかし何があったか勝手に退学して実家に戻り今はアルバイトすらしていないニートだ。

 時折こうやって優花梨と双葉の諍いに首を突っ込んでくる。


「兄貴もそろそろアルバイトぐらいしなよ」

「俺はまだ本気を出してないだけだぜ、双葉。お前は俺には一生勝てねえんだよ。クズが」

「働いてもいない、学校に行ってない二十歳ハタチにクズ呼ばわりされるとはね」

「言ってろ。お前なんか永遠に童貞の魔法かけてやるよ。それともお前、あの麻里奈って女ともうやったのか?」

 この男、相当こじらせている。


「和葉さん、なんてはしたない!」

「俺はJリーガーになるんだよ。そんな暇はないんだ」

「はいはい、Jリーガーね、現実を知って心折れちゃったお前を早く見たいもんだね」

「そういうあんたも、早稲田行って他にあんたより優秀なご学友がたくさんいる現実を知って心折れちゃったんですか。お・に・い・ちゃん?」


「なんだとてめェ! もう一回言ってみろこの野郎!」

 和葉は階段を駆け下がって双葉の胸倉をつかんで捻り上げた。


「やめなさい、二人とも!」

 優花梨は絶叫した。


 中学二年生ながら双葉のほうがすでに身長は和葉よりも大きく、体幹を鍛えているためか和葉の腕はは簡単に振りほどかれてしまった。


「けっ、一丁前に体だけは立派になりやがって」

 と捨て台詞を残して和葉はまた階段を昇って行ってしまった。


 優花梨はへたり込んで、


「なんで、なんでウチはこんなになってしまったの。お父さんも、和葉も、双葉もみんな!」


 と家族の確執をただただ嘆くのであった。


 双葉は深くため息をついて、


「母さんが、母さんがだらしないからだよ」

 と冷たく言い放った。

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