第2話『フィジカル・パペティアー』

「……よっ、ほっ」


 訓練に集中するレイ。彼の目の前には木の枝で作られた簡素な棒人形が踊っている。


 まるで生き物のように動くそれはレイの操作によるもの。パイロットとなるために必要不可欠な素質がこれである。

 その名は『フィジカル・パペティアー』。通称FP能力。この能力を簡潔に説明すると『念動力』だ。


「はぁっ!」


 棒人形はその場でターンを決め、ポージングを決めた。休憩を挟むこと無く次の動きへと移行する。


 FP能力とは人に近しい肢体形状の非生物体に、ナーブと呼ばれる接続神経を這わせることで能力者とリンクし、操れるというもの。


 それは大型の機体であっても例外ではない。

 能力保持者の中でもより強いFP能力を持つ者は、何十メートルもある巨大な人型とのシンクロを可能とするのである。


 ロボットの操縦に必須とも言える複雑な処理の大部分を、能力者は感覚だけで飛び越えられるからだ。

 それこそがパイロットになる絶対にして唯一の条件。レイとて伊達に合格していないわけではない。


「異能力、パイロットの資格……、そんなのに差なんて必要かよ」


 いくら総合成績がワーストと言えどもストライダーマシンを動かす分には他のパイロットと何ら遜色はない。

 それどころか訓練生時代でのシンクロ試験はあの三人どころか上位に食い込むほどであった。


 流石に一年という時間が経った今でこそ差は詰められてしまっているだろうが、それでも操縦に関してはそれなりの自信が当初はあったのだ。


「…………っ!? あ、くそっ……」


 不意に棒人形とのシンクロが途切れる。そこで踊っていた人型は急に動きを止めて大人しくなった。


 あまりにも雑念が過ぎたようである。集中が途切れればシンクロは勝手に切れることもあり、これがストライダーマシンであれば事故に繋がる。


「はぁ、本当に辞めるのがいいのかもしれないなぁ……」


 毎度失敗する度に今の言葉が出てしまう。本心からの言葉では無いにせよ、悪い口癖となっていた。


 悔しい気持ちはあるものの、表に出したところで解決には至らない。

 しばらく落ち込んでから再びやり直すまでがテンプレートと化していた。


「……雑念が多い」


「えっ?」


 すると、どこからか声が聞こえた。女性の声で放たれたそれは、シンクロ失敗の原因を見透かす言葉。


 振り返ると金髪のショートヘアにメガネをかけ、パイロットの証である組織の制服に身を包んだ少女がそこに居た。

 この人物をレイは当然知っている。


「フィーゼさん。自分に何か用ですか?」

「別に。ゴミを捨てに来たらそこにあなたが居ただけのこと。これといった用事なんて無い」


 冷たく返答するこの人物、名をフィーゼ。この第八支部に所属する一つ上の先輩パイロット。

 先輩なだけあって実力はあの三人よりも高く、彼女の機体も四機あるストライダーマシンの中で最も強い。


 しかし、場所が場所第八支部所属なので、パイロット全体として見れば中の下レベルだが。


「そ、そうですか。それは……すみません」

「そんなことは謝る理由にならない。謝るよりも練習に集中して」


 またも冷えきった言葉だが、これでもレイへの扱いは支部の中でかはなりマシな部類になる。


 フィーゼに使われたことは今まで一度もない上に、態度も素っ気無いだけで今のようにアドバイス程度なら何度も貰っている。


 そんな先輩をレイは悪人だとは思ったことはない。

 気軽に話せる仲ではないものの、少なくとも自分に危害を加えるような人物ではないと認識している。


 良くも悪くも中立──と言ったところ。それがフィーゼに対する評価だった。


 フィーゼは持っていたゴミ袋をボックスに詰めると、そのままレイの練習風景を見ることもなく帰って行く。


 何も言わずに見送り、レイは再び練習に打ち込む。

 言われた通り雑念になるような考えは極力せず、棒人形に集中していく──そんな時のこと。


 警報。支部全体からけたたましいアラートが鳴り出し、非常事態の宣言が出される。

 その瞬間、再び棒人形とのリンクが途切れた。



『非常事態宣言、パイロットの皆さんは直ちに迎撃準備を整え、格納庫へ集合してください。繰り返します、パイロットの皆さんは──』



「……TIDだ」


 その放送が聞こえていても、レイはすぐに動かない。

 理由は簡単、自機を持っていないレイに出番などあるわけが無いからである。


 出撃不可のパイロットなど非戦闘員と同じ……いや、もはや組織のためになっていないため関係者とすら言えない。市街地にいる一般人と同じ。


 警報が鳴るといつも悔しさがこみ上げてしまう。

 何も出来ない、することがない自分の腹立たしさ。パイロットと名乗る資格など無いに等しい絶望的なまでの無力感。


「僕は何でいるんだろうな……本当に」


 この瞬間が最も自分が無価値だと思い知らされる。

 先ほどまで訓練に使っていた棒人形を見下ろし、それに自分自身を重ねる。


 使う時以外は何の役にも立たないモノ。それがレイが自身に対する評価だ。

 この時こそ、レイが最も苦痛に感じる出来事に他ならない。











「各員、準備はいいな。ではこれより、D-3区に到達すると予想されるTIDの迎撃作戦の説明を行う」



『はい!』

『了解です!』



 マシンを持たないレイが向かうのは、格納庫ではなく司令室。

 そこへ到着すると、すでにパイロットたちは各々の機体に搭乗していた。


 どうやら司令官からの説明が行われている途中の模様。

 居ても居なくても同じようなものではあるが、それでもパイロットの一員である以上は来なければならない。


 苦痛だが義務。仕方のないことだった。


「……では説明は以上だ。健闘を祈る」


 いつの間にか説明を終え、それぞれが出撃の準備に移る。

 メインモニターには『No.38』『No.54』『No.71』『No.66』という表記。これらは全てパイロットたちが乗る機体に当てられたナンバーだ。



『“シックスペイン”。フィーゼ・フォルバン、出撃します』



 先陣を切ったのは先ほどの先輩。66の番号を与えられたストライダーマシンに乗り、出撃する。


 青紫色の機体。有線遠隔兵器でもある棘を全身に装備している対TID用試作毒物の搭載機。それが『No.66』シックスペインの建造コンセプトである。


 先輩パイロットに続いて他の三機も飛び立っていく。



『“エプタロンド”。ディング・デンバー、出るぜ!』


『“ウーデッカー”。ギオス・ブッシュも行くッス!』


『“トレイスレイン”。アティナ・キンバリーも出まーす!』



 同期三人組のリーダー格たるディングが駆るのは『No.71』エプタロンド。

 燃えるようなオレンジ色に凜々しい竜面のフェイスは、所属の中では最も最新の機体になる。コンセプトは真の近接格闘タイプという名目だ。


 ディングの取り巻きの男、ギオス。彼の機体は『No.54』ウーデッカー。

 深緑の巨大な鉄塊。その見た目に違わず、防御に秀でた重装甲タイプで、大きさも所属機の中では最も巨大だ。


 同じく取り巻きの女、アティナ。彼女の機体は所属の中では最も古い『No.38』トレイスレイン。

 線の細い水色の機体は、見た目通り基本性能こそ貧弱だが、その分ビーム兵装は最新機にも劣らない性能を持つ。



 そんな四人の出撃をモニター越しに見送り、レイの機嫌は一層悪くなる。


 ストライダーマシン。対TID迎撃専用決戦兵器にして、フィジカル・パペティアーにしか扱えない半生体兵器。


 各番台によってコンセプトが異なり、それぞれが独自の戦い方をする。

 レイの憧れ。幾多にも重なった不運により未だ触れることのないパイロットの真の証。


 羨ましい──出撃に居合わせる度にそう思う。自分の機体が手に入るのはいつになることか、それは分からない。


「こうして毎回モニターを見ていてどうだ?」

「……勉強にはなりますが悔しいだけです。何も出来ない自分を憎く思ってしまいます」

「ふっ、そう後ろ向きになるな。いつ出番が来るか分からん立場にいるが、必ず役に立つ時が来る。私はそう信じているからな」

「……はい!」


 語りかけてきたのは司令官。ここの作戦部長を兼任するジョージ・バターン。


 この人物はレイに対し最も良くしてくれていると言っても過言ではない。数少ない良心の一つだ。

 嫌がらせのことは黙認しているものの、それはレイ自身の頼みがあってのこと。


 当初は何とかしようとしてくれたり、パイロットの志願書を本部に送ってくれるのも彼。

 現状、レイの境遇を誰よりも案じてくれている親のような存在である。


 そんな指令官をレイは尊敬に値する人物だと認識している。

 この人の下でマシンに乗れたらどれほど幸せか。そう思ったのも一度や二度ではない。


「四機、TIDとの空中での会敵に成功。戦闘に移行します」

「よし。区内に落下物や流れ弾の被害を出さないよう、防護フィールドを展開。TIDの断片も残さず回収出来るようにしておけ」


 ついにパイロットらが会敵。機体らに着いていくドローンのカメラが敵の全貌を明らかにする。


 人類の宿敵TID。その姿は人間とよく似た肢体と、五指のマニピュレーターを持った生物兵器。

 黒い甲冑のような甲殻を全身に纏い、顔には大きな目玉のような器官が埋め込まれている。


 まさに宇宙人──否、宇宙怪人という言葉が相応しい。奴らと戦うのがパイロットの役目だ。


「パイロット各自に次ぐ、今回の相手はフィグノ級だが気は抜くなよ」



『了解! さっさと終わらせてやりますよっと!』

『ディング! 相手は指令官だって。言葉遣い!』



「ははっ、頼もしくて結構だ」


 サウンドオンリーの返答からはパイロットらの威勢が聞こえてくる。今回も自信満々と言った様子だ。


 戦いが始まる。先行していくのはディングのエプタロンド。

 コンセプト通り専用のナックルフィストを手に勇猛果敢に攻めていく。


 防戦一方のTID。しかし、相手とて何も考えずに戦う存在ではない。動きを見切り、エプタロンドの腕を掴む。


 だが、これも想定の内。

 不意にTIDの腕を貫いた光線によりエプタロンドの拘束は解除。敵にダメージを与えることにも成功する。


 トレイスレインによるビーム兵装。遠距離サポートはお手の物だ。


「あの二人、良くやっているな」

「……はい。それは同感です。もう今の自分では敵いません」

「そう悲観するな。私は四人の中で君の本試験以外の実技成績を最も評価しているつもりだ。一年のブランクが何だ。機体が与えられた時に実践で挽回すればいい」

「あ、ありがとうございます……!」


 不意打ち気味に過去の成績を褒められ、思わず照れてしまうレイ。


 この通り司令官はもう一年以上も前の成績についてもしっかり覚えてくれている。

 やはり自分のことを最も理解してくれている。第八支部の良心だ。



『ディング! あのコンボで行くぜ!』

『ラジャーっス! これを!』



 そして戦況は好調のまま進む。

 ウーデッカーから借り受けたランスでエプタロンドはTIDに特攻。胴を突き刺し、そのまま直進していく。


 しかしそこは空の上。障害物などない世界ではどこまでも進んでいく──が、それを遮る物が現れた。


 ランスの本来の持ち主、ウーデッカー。防御に特化した性能のそれは、自身の武器ですら貫くことは不可能。


 TIDの身体を貫通していたランスの先を掴み、逃さない。

 二機による前後の拘束。動けないTIDにもう一機がとどめを刺す。



『フィーゼさん!』

『分かってる。そのまま動かないで』



 高速で近付くシックスペインのスティンガービットが突き刺さると、内部に毒を注入される。

 攻撃を受けたTIDは暴れるも、次第にぐったりとしていき、完全に動きを止めた。


 そしてエプタロンドは咄嗟に距離を取る。すると、TIDの甲殻の隙間から光が漏れ、そして──爆散。

 数十メートルはあろう巨大な爆発を起こし、その姿はどこにも無くなってしまった。


 爆発跡からは無傷のウーデッカーが煙を棚引かせながら姿を現し、離れていた他の三人の下へ戻る。


「フィグノ級TIDの消滅を確認。状況終了しました」

「よし。パイロットたちに繋いでくれ。各自、聞こえるか。今回もTID迎撃ご苦労だった」



『ありがとうございま……』

『いーってことっスよ! 大体フィグノ級なんかただのザコで俺らの敵じゃないのは分かり切ってますし、そもそも心配するような相手でもないって……』

『おいギオス、先輩が喋ってる途中だろうが。すいません、バカが話を遮って』

『気にしてないから構わない。それよりも帰投します』



 戦いが終わり、それぞれが基地に戻って来る。

 まもなくここにパイロットらが来るため、レイは自衛の意味合いも含めて司令室から一足先に退出した。


 それに指令官は引き留めることなく、寂しく見えるレイを無言で見送る。

 この光景は最早、恒例になっていた。これがいつ終わるかも分からない悲しいルーティンだ。






 運命に翻弄される少年の姿が見えなくなったのを確認してから、ジョージはぼそりと呟く。


「……私に出来ることが無いのが心苦しいな」


 辺境の司令官程度では何も出来ない。パイロットに機体を振る権利を持つのは上層部の仕事だからだ。


 出来ることは現行パイロットたちの帰還を待つことだけ。たった一人の部下も助けられないことを悔やむばかりである。


 そして機体が格納されたのか、司令室に居ても分かる程度の小さな揺れが支部を僅かに揺らした。

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2026年1月17日 20:00
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No.44 角鹿冬斗 @tunoka-huyuto

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