No.44
角鹿冬斗
第一章『No.44』
第1話『無登録のパイロット』
誰もいない室内に一人居残る少年。
薄青の頭髪をバンダナで覆い、その手に持つのは旧型の掃除機。それを使い寄せ集めたゴミを吸い込んでいく。
仕上げに床を雑巾がけし、溜まったゴミを袋の中に詰め込んでいく。汚れた部屋の中を徹底して掃除していくその様は、もはや一般の清掃業者にも引けを取らない。
「ふぃー。ま、こんなもんかな」
一通りの清掃を終え、その出来映えに満足げに一息つく。
孤独な掃除人の名はレイ。年齢は先月十七歳になったばかりの無登録現役パイロット。
無登録というのはそのままの意味。彼は育成機関を出て一年が経過するも、所持している機体は──
「はっはっは、さっすが万年
そんな時、不意に何者かが部屋に進入してくる。
数名の男女がずかずかと入り込み、わざとらしくレイにぶつかっては掃除したての床を汚していく。
そんな様子にレイは怒ることはせず、ただ眉間にしわをよせ、不満げな顔を浮かべて彼らの所行を黙って見ている。
「ほら、早くそのゴミ捨てに行ったら? あんたがずっといると辛気くさくなるんだけど?」
「はっ、全くだ。ほら、0点。別の部屋の掃除だって残ってんだろ。さっさと行けよ」
「……そうだな。それじゃあ」
ぶつかってきたリーダーらしき赤髪の男の名はディング。
レイよりも一回りも体格の良い彼にぶつかられては、いくら訓練をしている身であっても押し負けてよろめくのも訳ないこと。
それに続いて取り巻きの男女二名もレイを部屋から追放するかのように追撃の言葉を言い放つ。
これにレイは反論の一つも返さず、言われた通りにゴミ袋と掃除用具を持って部屋から出た。
「あーあ、ほんと何でいつまでも残ってるのかしら。何も出来ないクセしてアタシたちと同じだなんて」
「まぁまぁ、そこまで言わないでいいじゃないッスか。あんなんでも合格者ッスからね……自分の機体持ってねーけど! ギャッハハハハ!」
「ま、なんであれ部屋の掃除くらいの役には立ってんだ。自分から辞めるまでこき使ってやろうぜ。それがアイツのためにもなるだろうしな」
「…………くっ」
部屋から漏れ出す陰口。分かっていてもやはり言われしまえば心にくるものがあった。
そう、あの三人は全員自分の機体を持っている。
何度も出撃を経験し、その度に無事に帰還するパイロット。仮にも仲間に向けるとは思えない態度をしてくるのはそのためだ。
レイ・ナガト。彼はパイロットとしての資格を与えられて一年が経過した今も未だに自分の機体を与えられず、引き継ぎ先未定の補欠パイロットとして肩身の狭い日々を過ごしていた。
彼らパイロットの存在を説明するには、今からおよそ二百年ほどの過去にまで遡る。
人類の前に現れた脅威的地球外侵略兵器群『Terrafoaming Invasion Deed』──縮めて
地球防衛のために設立した対TID迎撃戦略機関『
そのTID殲滅を目的に製造された決戦兵器とは『ストライダーマシン』。それに乗って人類の未来を脅かす存在と戦うのが彼らパイロットだ。
だが、そんなヒーローには寿命がある。どれほど秀でた能力者であっても、二十歳になると
従って専属の操縦者が居なくなった機体は、新たなパイロットにへと乗り継がれていくことになっている。
それは本来、当然のようにして行われることだ。しかし──それも絶対ではない。
レイに機体が与えられなかったのは、いくつもの偶然とタイミングの悪さが重なり合った結果と言える。
そして今日までに引き継ぎ先未定の機体が出たことも殉職者などもおらず、当然次世代機搭乗テストの話も無し。
さらに引き継ぎ先の無い補欠という身分は、同期の現行パイロットたちにとって見下す対象、いじめの格好の的なのだ。
「……はぁ。僕も自分の機体が欲しいなぁ」
ゴミ出しを終え、常々口にしている願望を吐き出すレイ。
その台詞も何度口にしたことか、もはや回数など覚えていなかった。
不満を言葉に出したところで救いなど来ない。
引き継ぎ先の無い補欠という、いつ役が巡ってくるか分からない穀潰しは組織の中でも浮いた存在だ。
「ってかそもそもあいつらだって順位的には下の方のくせに。ここもTIDなんて数えるくらいしか来ないのに偉そうにしやがって……」
流石にディングらのいない場所では存分に悪態をつくレイ。
足下の小石を蹴り、僅か先にある人工の雑木林の中に消えていった。
レイが所属するこの第八支部は、世界各地にある防衛基地の中でもTIDの出現率が極端に低いことで有名である。
警報なんて月に数回鳴れば多い方だ。このような静寂な基地を天国と言う意見があれば、暇地獄とも呼ぶ者も。
こんな場所でも、かつてはTIDに奪われた地の一つだった。
当時のパイロットたちが苦心の末に奪還してからは、敵も取り返すのを諦めたかのように来ない。
それ故に近場にはそれなりに栄えた居住区域があるほど。
人類が平穏に暮らせてしまう程の低脅威度であるため、試験での総合成績が低い者……つまり最前線では役に立たないと判断されたパイロットはここへと送られる。
レイがここの配属になったのはそのため。
先ほどの三人組──同期の現行パイロットも理由は同じ。
皆が自分の機体を持っていて、これまで経験した戦いで生還してきたとはいえども、順位は下から数えた方が早い。
本来ならあのように偉そうに言える立場ではないのだ。
これでもレイは訓練生時代、模擬戦と筆記ではそれなりに優秀な成績を収めていた部類の生徒であった。
一番と言えるほどではないにしろ、少なくとも第八支部行きになることは避けられる程度の実力はあると言われていた。
ただ本試験では緊張のせいか体調不良を起こしたために本領を発揮出来ず、筆記も実技も最低ラインすれすれをゆく結果になってしまったのだが。
「……パイロットに憧れて、適正があるって言われて訓練して……頑張ってここまで来たのに一年経った今も未だ機体は無し。あいつらの言う通り、本当に辞めた方がいいのかな」
訓練生時代では考えもしなかった肩身の狭さに圧迫されながら続けてきた補欠の一年。
明日こそは、来週こそは、来月こそはと自分を騙し励ましてここまでやってきた。
新型テスト志願の書類も何百枚と本部に送り、次の空き機体の申請も出した。それでも未だ返事の一つも来ない。
「何で『フィジカル・パペティアー』なんて能力を持ってんだろうな……」
能力の与えられ損。自らをそう思ってしまうほどレイはこの身に起こる不幸を嘆き続けていた。
チャンスの一つも与えられないまま、時だけが過ぎ去っていく日々。いつの日からか他者との関わりを減らし、自らの世界に入り込んでる日がほとんど。
掃除と基礎訓練、そして勉強。言葉にして並べれば優等生だが、その実それら以外にやることが無いだけだ。
虚無の毎日、無意味な活動。辞職すら考えたことも一度や二度ではない。
事実、機体が与えられないことを理由にパイロットを辞めた者も過去を見れば少なからずいる。
しかし、それでも辞めないでいる。寸でのところで粘り続け、気付けば一年という大きな時を過ごしてきた。
どんなに疲れ果てても希望だけは捨てないでいたい。心のどこかでそう願っているから成せた所行。
何せ形はどうであろうと『パイロットになる』という夢は叶ったのだ。
今の願いである『自分の機体を手に入れる』という望みもいつかは叶うのではないかと信じている。
「…………自主練しよ」
ふと気付くと、空を見上げてて黄昏ていたレイ。嫌な考えを紛らわすかのように特訓を開始した。
いつ役立つかも分からない素質だが、未来にその時が来ることを信じて──
だが、この時すでに彼の願いは成就への第一歩を踏み出していた。
別の基地から輸送された『40番台』の棺。
その鉛色の表面には『No.44 厳重封印 解放厳禁』の文字が刻印されている。
そしてまた別の基地からは『0番台』のストライダーマシンがパイロットと共に第八支部へと向かって輸送機が飛び立っていた。
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