第57話
既に暗くなったローン村に街灯は無く、それぞれの家庭の明かり、月や星、それと蛍の光によって照らされているのみだが、不思議と何も見えないほどに真っ暗というわけではない。元の世界の都会の夜は彩りと喧騒があったが、ローン村には趣と肌寒さを感じる。田舎だもんな。深々としている雰囲気。これはこれで良いと思うぞ。
「さあケンジ、行くか」
ヒデヲはこちらを一瞥したのみでとっとこ歩き始める。俺はそれに黙ってついていく。
……いつもよりヒデヲが大人しい気がするのは気のせいだろうか?
目的地も告げずに淡々と歩くヒデヲが物騒で仕方ないぞ。俺、これからどこに向かうんだ?
ただ、ヒデヲの態度に対して思い当たる節はある。もちろん今日の昼間の事だ。だってさ、膝枕してもらってたんだぜ? なんとまあ至福なひとときだったもんよ。それをヒデヲが目撃してて、怒りを露わにぶん殴られるとか、可能性としてはあったわけじゃん? 嫉妬だか憤怒だかで俺の身が危ういかもしれないだろ? それともこれから磔にされて火あぶりにでもされるのでしょうかい!?
ひとまず争いごとになる気配は無いままに黙々と川沿いを歩いていくのだけれど、橋に差し掛かって、
「なあ、ケンジ。お前明日、この村を出んのか?」
なんて訊いてきた。振り返りもせずに。
「あ、ああ。なんか、そうなっちまった」
ついおずおずと答えた。
これについては急な話だが、俺にとっても転機と思って受け入れたつもりだ。今からすまん、無かったことにしてくれとジュンヤに頭を下げる意思も無い。根本あのガキに負けたからそうなったのだし。
ローン村で学ぶべき事は粗方触れる事が出来ただろう。未だこの世界の概要、魔法についてはさっぱりだが、だからこそむしろ楽しみなくらいだ。
ただ、様々な後ろめたさがあるのも事実。身勝手だろうか?
「そうか……」
それだけ言ってまたもヒデヲは喋らなくなり、ただ黙々と進み続ける。突然振り返られて川に突き落とされるのではないかとひやひやものだった。
だが当然俺の身に不可抗力の災難が降りかかることはなく、到着したのはいつもの村酒場。
外からでも室内の騒ぎが聞こえてくる。今日はどうやら大勢いるようだ。いっつも繁盛してるよな。
「待たせたなー。ケンジを連れてきたぜ」
酒場に入ってヒデヲが開口一番に告げると、場が静かになって一同こちらに注目した。
……つか、俺が注目されてる? なんで? 俺、何かしましたっけ?
いや、してるんだったな昼間に。
…………それともまさか、アルとユミの件がバレたりしたのだろうか。それは冗談にならない。まさか村人総出で俺を血祭りにとかってんじゃない、よな?
嫌な思考が浮かんでどっと冷や汗が流れる。クソッ、もしそうだとしたら全力で逃げる! リアル逃走脱出サバイバルだ! やむを得ない場合は、人殺しも辞さん。生き残るぞ俺は正気だ!
「さっき道中に確認したが、明日ケンジは村から出ていくらしい。こいつが来てからほんの10日くらいだが、いくつも世話になった。俺の危機だって救ってくれたし、今日も危うく王都に連れてかれそうになった俺の娘を助けてくれた。本当に、感謝してもしきれねえ」
ヒデヲが声を大にして話す。
「俺がケンジにしてやれることなんて何もねえけどよ、せめて盛大に送り出してやりてえじゃねえか。俺の勝手で急な呼びかけだが、集まってくれたお前らもその思いは一緒だよな?」
各所から、応よ! とか、当たり前だ! 急なのはいつものことよっ! という声が飛び交う。
「おう、ありがとよ皆。飲んで騒いでパーッとやろうじゃねえか! がっはっはっ」
キョウヘイが近寄ってきて俺とヒデヲになみなみと酒の注がれたジョッキを配る。
ここに来てようやく事態を飲み込めた。そう、つまりこれは俺への慰労会とか送別会とかってことだ。んにゃろう、粋な計画企てやがって。
「それじゃあ音頭を、ケンジ、任せた」
「ああ、分かった」
俺はジョッキを高々と上げた。
「じゃあ、乾杯!」
「「「「「「乾杯!」」」」」」
皆で唱和しジョッキを打ち合う。場がどっと沸いた。
待ちきれない、もしくは既につまんでいた料理やお酒を手に皆が騒ぎ始めたその時、
「邪魔するぞ。ほら、連れてきた」
「んあっ、待て背の高いおっさん。うおあっ!?」
ついさっき入ってきた入り口から高身長のおっさんがやってきて、肩に抱えていた人間をポイっとぞんざいに投げた。
「うおい!? 人をモノ扱いすんじゃねえ! しかも一応勇者なんだぞ! それなりの対応をおば――」
床に捨てられた人物――ジュンヤだったのだが――がおっさんへの文句を並べ立てている途中、顔面に思いっきりガヤから水を浴びせられていた。いや、あれもお酒だろうか。だろうな、きっと。
なお周囲の村人はその様子に大笑いだった。俺もほくそ笑んださ。
というか、勇者って何って突っ込みたいんだが!?
「じゃあ、俺はこれで」
「おう、ありがとなボス!」
ヒデヲの礼を背に受け、ボスと呼ばれた人物は酒場を後にする。あっ、あれが宿屋の店主だったか。なるほどわずかの間だったけどボスたるゆえんの感じさせる雰囲気だった。初対面のキョウヘイよりとっつきにくそうで強面だったわ。
「さあ本日の主役がそろったぞ! もう一度改めていくぞ!」
周囲の騒がしさに負けない声をヒデヲが張り上げる。
「乾杯!」
「「「「「「乾杯!」」」」」」
「……ちっ、しゃーねえな。乾杯」
「ほら、ケンジもだ。乾杯」
「ああ。乾杯」
俺とヒデヲはジョッキを打ち鳴らした。
それからは飲んで食ってで大騒ぎだった。かく言う俺も、お好み焼きを散々食べた後だったがお構いなしに食っちゃ飲みだった。
特に、タレカツ丼は美味だった。歯ごたえのある豚肉と米粒。鮮やかな色に揚げあがった衣。コクのある独特のタレは自家製なのだろうか。村の外でも食べる機会があれば上々だろうが、叶わないだろうな。少ししか食べられなかったのが非常に残念だった。
宵闇が濃くなる静けさも風情があって良かったが、皆で騒いで美味いものにがっつくのも、活気にあふれてて良いものだった。
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