第56話

「ただいま戻りました」

「ただいまー!」

「ただいま」


昼間の一件から数時間経って、これからヒデヲ宅にて早めの夕食の予定だ。

明日には出発することを考えるとこの家での最後の晩餐なのだが、何故かメアの希望によりお好み焼きになったそうな。そ

んな文化がこの世界にもあるんだな。

好きだぞ、お好み焼き。

食べる機会は殆ど無かったから、5年に1度とかくらいのロングスパンでだけど。

帰宅早々チヨは居間の各所に据え付けられているロウソクへと近寄って、


「プチファイア」


と唱えて回る。揺らめく小さな火が灯り、家を照らしていく。


「ケンジさんは座ってゆっくりしていてください。ふたりで準備しますから」

「そうですか。では、お言葉に甘えさせてもらいます」

「まかせてー。がんばるー!」


せわしなく動くチヨとメアを傍目に、俺は居間のテーブル席についた。

それからエプロンを着てキッチンからプレートを持ってテーブルに置くチヨ。尚も何度か往復してまな板や包丁といった必要なものを手早く用意していく。

ひと通りそろったところでプレートに手をかざしたかと思ったら、その後すぐさま油を敷き始めた。話によると、プレートそのものが魔力を少し流すだけでそれを熱へと変換する優れものらしい。

こ、これがこの世界の文明の利器か!?

そして調理が始まり、チヨが生地に必要な材料を準備してボールへとまとめている間に、メアはどこからか引きずってきた踏み台をプレート前に設置。

その上に立ち上がってへらを両手に構える。なんとまあ凛々しいこった。


「メアが張り切ってますけど、大丈夫なんですか? 危ないんじゃ……?」


と、一応心配を口にしてみたけど、


「ふふっ、大丈夫ですよ。初めてではないですから。それにこの子、危機察知は人一倍優れてると思いますし、幼いながらも分別がしっかりしてるんですよ」


確かに年相応と思われる幼稚さを沢山見てきたが、興味本位に危険な事に挑む素振りは今まで無かったと思う。

育ちの良さが滲んでいるのか?

それと周囲の機微に敏感だったりするのかもしれない。

プレートで火傷するといった事故には至らないだろう。

チヨもすぐ横にいるし、俺もいるからな。

手際よく下ごしらえを続けていたチヨが横からプレートに生地を流し込む。


「メア、気を付けて焼くのよ」


メアの横では再びチヨがキャベツをみじん切りにし始める。


「んんー。きゃははっ」


メアは乱暴ながらもぺちぺちと叩いて生地を形作った。

それからしばらくは、生地の焼ける音、チヨが包丁でキャベツを細かくする音が小気味良かった。俺とメアは何をするでもなく、じーっとその時が来るのを待った。


「メア、そろそろいいんじゃない?」

「いいの? ままっ、もうやってもいい?」

「ええ。がんばってね」

「うん!」


チヨからのゴーサインをもって、メアはへらを生地の下へと潜り込ませた。


「ただですね……」


チヨが何事か言い始めたその瞬間、


「いくぞー。えいっ」


メアによって思いっきり宙に抛られるお好み焼き。

だがヘラから離れたそれは、踏み台に乗ってプレートに向き合っているメアの頭上を超す高さにまでまっすぐ到達したかと思ったら、そのまま落下して無情にも散り散りになってしまった。


「きゃははっ、あははっ」

「……実は、メアがちゃんとひっくり返せたことは一度もないんですよ」

「んなっ!?」


そうだったのか!?

……そりゃ、小さい子供には加減とか難しいんだろうな。ただ抛るだけじゃなくてうまく返さないといけないのだし。


「まわらないーむずかしいー」


メアは粉々になった生地をかき集める。


「じゃあ、それはママが食べることにするわね。焼けたら、次、がんばりましょう」

「うんっ、がんばる!」


しばらくして焼きあがった失敗の生地を皿に避けて、再びチヨが油を敷いて新たな生地をプレートに投入したところで、


「ただいまー。おう、今日はお好み焼きか?」

ヒデヲが帰ってきた。


「ぱぱ、おかえりー」

「ヒデヲさん、お帰りなさい」

「ヒデヲ、お帰り。そうだ、メアが焼くのに挑戦してるんだ」

「ほう……がっはっはっ、雲行きは怪しい感じだな。どれ、俺に任せてみ!」


そう言ったヒデヲは生地の形を整えているメアの背後へと回る。生地が焼きあがるのを待つ間、メアの頭を笑顔で撫でている。


「いいかメアー、パパも一緒にやるからな。次は成功するぞ」

「うんっ。めあ、がんばる」

「あらあら、頼もしいですね」

「メア、楽しんでるか?」

「うんっ! たのしいよ!」


……家族を象徴するかのような一幕だと思った。一家団欒の様が見て取れる。

これが、家族の温かみか…………。

やがて、ヒデヲがメアの小さな両手を包み込む。


「ほれ、いくぞメアー」

「うんっ、ぱぱっ」

「うし、せーのっはっ!」

「きゃははっ、きゃははっ」


ヒデヲの手に優しくリードされ、メアは無事にお好み焼きをひっくり返すのに成功したのだった。

やがて、綺麗な焼き色になった完成品第1号は、ソースとマヨネーズをふんだんにあしらわれて俺に差し出された。


「いただきます」

「「めしあがれ~」」

「おう、食え食え」


ひと口サイズに切り分けて口に運ぶ。

アツアツのお好み焼きはソースとマヨネーズが絶妙に絡み、ふわっとした触感と溶け込んでいたチーズのまろやかさがマッチして多幸感が押し寄せてきた。


「んっ……、おいしい」

「やったーやったー!」

「ふふっ」

「あったぼうよ!」


俺のこぼした感嘆に喜ぶメア。

それを笑顔で見守るヒデヲとチヨ。微笑ましい光景だった。


「まだまだ焼きますから、どんどん食べて平気ですからね」

「はいっ!」


威勢よく返事をし、そのままがっついて1枚全部を平らげたところで、


「ケンジもやってみるか?」

ヒデヲがそう提案してきた。

「そうだな。やった試しが無いが、挑戦してみよう」

「がっはっはっ、試しが無いんじゃなくて、覚えてないだけだろうよ」

本当は覚えてない訳ではなくて作った事が無いのだが、

「そうかな。そうかもな」


俺は髭をひと撫でしてからへらを受け取った。

それからささやかなお好み焼きパーティーは、誰彼構わずにありあわせの具材を使用して焼いては食べ、大盛り上がりだった。

そして、程よくお腹が膨れて皆が満足したところで、


「なあケンジ。これから、ちょっといいか?」

「ヒデヲ? ああ、別に何もないぞ。ゆっくりして寝るだけのつもりだった」

「そうか。それじゃ、ちょっと一緒に来てくれ。チヨ、遅くなるから、先に休んでいてくれ」

「あらあら。分かりました。楽しんできてくださいね」

「おうよ。さっ、ケンジ行くぞ」


ヒデヲは立ち上がって家から出ていく。

って、食ったばっかなんだから、もうちょっとゆっくりでもいいだろ!? 何? 

どんな用事よ!?


「唐突だけど、なんなんだ?」

「ふふっ、ちょっと食べさせ過ぎちゃったかもしれませんけれど、ケンジさんも楽しんできてください」

「え、はい。……じゃあ、いってきます」

「ケンジおじさん、いってらっしゃいー」

「いってらっしゃい」


俺は何も分からないままに玄関から外に出たのだった。

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