第50話

「そちらの婦人、ちょっとよろしいですかな?」

「私ですか? はい、どういたしまし、た……!?」


その男を見て、私は言葉を失いました。


「およそ1年ぶりですかな。いやはや、またお会いすることになるとは、これもまた運命」

「……」


1年前のある日を思い出します。

突然ローン村にやってきたこの男は私たちに向かって、


「トモキ様は、消息を絶たれた」


と無情に宣言した、その張本人なのです。


「ままー、このおじさん、だれー?」

「……メア、ちょっと大人しくしていてね」


私はメアを宥めて手を繋ぎました。


「いやはや、久方ぶりにお会いいたしましたが、表情が硬いですねチヨ様」

「……そうですわね。申し訳ありませんが、あまり穏やかにはなれそうにありません。確か、アキラさん、でしたか?」

「その通りでございます。よく覚えてらっしゃっておいでで」


飄々と答えて軽くお辞儀をする私たちと同じくらいの年齢の神官。全身一式白の装束で包まれた容姿は私にとって不気味でしょうがありませんでした。


「……本日はどのような御用ですか。言っておきますが、トモキはあれ以降も帰ってきてはおりませんよ」

「そちらの件につきましては、おいたわしい限りでございますな。我々としても、非常に残念でなりません」

「あなたたちが見殺しにしたようなものじゃないですか! まあぬけぬけとローン村まで来ましたね」

「おや、もうトモキ様の生存は諦めておいでですか」


たかをくくったような態度でアキラは応対してきます。


「いいえ、私たちは皆、希望を持っています。これはローン村の総意です」

「それは大層見上げた心意気でございますな。いやはや、感服致しますよ」

「思ってもいない事を口にしないでください。もっとあの子の助けになってくれていれば、今頃は……」

「そこに関しましては、トモキ様が多くの事に首を縦に振ってはいただけなかったのですよ。我々としても用意はあったのですから」

「……だとしても、貴方に親切に振る舞う余地はございません。用がないのならば、早く立ち去っていただきたいのですが」

「何も目的が無いままにこんな片田舎にやってくるはずありませんじゃないですか」

「……じゃあなんです? トモキの消息が判ったのですか?」

「いえいえ、トモキ様は今回は関係ありませんよ」

アキラは邪悪に笑ったかと思うと、私の足元の方を指さして、

「今日はですねぇ、メア様をお迎えにあがった次第でございます」


声高々に宣言しました。


「……え?」

「おや、そんな素っ頓狂な声を出されましてもね」


アキラの、ひいては王都の考えが理解できないままに、私はメアを引き寄せて足に掴まらせました。


「どういうつもりですか!」

「考えていただければすぐわかることと思いますが、いいでしょう、説明して差し上げます」


男はひとつ咳払いしました。


「トモキ様は消息を絶ちました。我々はまず聖剣の帰還によって悟りましたよ。トモキ様の死を」

「そんなの信じないわ!」

「事実なのですよ。その後、同行していた者からの証言で、トモキ様と魔王城前で別れて以降、トモキ様との合流は叶わずに帰還したと」


1年前に聞かされた話と全く同じです。当然でしょう、語り手も同じなのですから。


「我々はトモキ様の存在に敬服しておりました。崇拝しておりました。ですが、あれほどの御方でも、魔王の力には及ばなかった。残念至極でございます」


残念であるという言葉に嘘は無いのでしょう。男は落胆した様子でした。


「この結果を受けて我々は思慮を巡らせました。トモキ様をも凌駕し、魔王を討つことの出来る真の勇者。我らの希望となりうる存在について。そして行き着いたのが、トモキ様の妹君であるメア様なのです」

「なっ……」


私は唖然としました。

この男は、王都は、私たちの息子に勝手に押し付けた務めが履行されなかったからという理由で、次は年端も行かない娘を抜擢すると言っているのですか?


「今のジュンヤ様も相当の猛者でございます。聖剣に選ばれたその実力はやはり優れておいでです。ですが! あれではダメなのです! あれでは魔王はおろかトモキ様にも及ばない!」


男の語気に気圧されます。その怒気を孕んだかのような表情は直ぐに柔和な作り顔になりました。


「ですので、これより王都サイタマにメア様をご招待いたします。御心配には及びません。然るべき教育を施しまして、ご立派に育てさせていただきますので」


そう言って男は私に近づいてきます。

メアを連れていくために。

…………私たちに、また失えと言うのですか?

トモキだけでなく、メアまでも。

そんな事、許容できる訳が無いではありませんか!


「やめてっ」


近寄ってメアへと伸ばされる手を私は必死に払いのけました。


「おや、ご納得いただけないのですか?」


軽んじたかのような態度に、私の怒りは更に助長されました。


「当然です。貴方たちは、私たちの子供を道具としか思っていないのではないですか!」

「いやいや、決してそのようなつもりはございません。ですがこれも、我々人間が生きていくために必要な事なのです」

「そんなものは方便でしょう!」

「世迷言をおっしゃっているのは貴女の方ですよチヨ様」

「私は! 私は自分の子供を守りたいだけです。当然でしょう? 貴方たちの身勝手に応じるつもりはありません。まして、まだこんなに小さいメアを連れていくと言われて、はいとふたつ返事出来る筈がないじゃないの!」

「先ほども言ったとおりですな。然るべき教育を受けていただき、お世話いたします。そして将来、無敵の勇者となって人々を導くのです。それが我々人間にとっての理想の未来なのです」

「何が理想の未来よ。そんないい加減な私たちの家族を巻き込まないでください。トモキだって……」

「我々はお告げに従ったまでのこと。聖剣を握ったのはトモキ様の御意思。自然な成り行きと言えるでしょう」

「だからって! 重責を押し付けてきた貴方たちのせいで、トモキは帰ってこなくなったのよ! 貴方たちが無理を言わなければ!」

「……はあ。埒があきませんな。」

「とにかく、メアは連れて行かせはしません。従う理由はありません。もうこの村から出て――」

「ああ? うるさいですね! いつまでも御託を並べるんじゃないですよこのアマがあっ!」


男は怖ろしい形相で腕を振りかぶります。


「きゃっ!?」


私は目をつむって身を縮こませてしまいました。

メアを包む私の手に力がこもります。

何があったって、今叩かれたって、私たちはメアを守ります。

大事な娘なのですから。

――ですが、いつまで経っても衝撃がやってくることは無く、私はおそるおそる目を開けたのでした。

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